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車両の欠陥によってハンドル制御が利かなくなり崖下に転落する事故が発生したと主張した事案

原告らが被告の製造した自動車に乗車して走行中,自動車の欠陥によってハンドル制御が利かなくなり崖下に転落する事故が発生したと主張して,被告に対し,製造物責任法3条に基づき,同事故により生じた自動車修理費用,治療費及び慰謝料等の損害賠償を請求している事案

平成12(ワ)117  損害賠償請求
平成13年12月19日  広島地方裁判所

主    文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由
第1 請求
1 被告は,原告Aに対し,金303万0460円及びこれに対する平成11年3月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は,原告Bに対し,金125万円及びこれに対する平成11年3月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告は,原告Cに対し,金125万5220円及びこれに対する平成11年3月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,原告らが被告の製造した自動車に乗車して走行中,自動車の欠陥によってハンドル制御が利かなくなり崖下に転落する事故が発生したと主張して,被告に対し,製造物責任法3条に基づき,同事故により生じた自動車修理費用,治療費及び慰謝料等の損害賠償を請求している事案である。
1 争いのない事実等
(1) 当事者
ア 原告ら
原告A(以下「原告A」という。)は,平成9年8月27日,広島トヨペット株式会社(以下「広島トヨペット」という。)から,同日登録された自動車(車両名トヨタマークⅡ,登録番号・広島rstvwxy。以下「本件自動車」という。)を,E名義で購入し,使用していた者である。
原告B及び同Cは,下記(2)の事故の発生時,原告Aの運転する本件自動車に同乗していた者である。
イ 被告
被告は,自動車の製造販売を業とする株式会社であり,本件自動車を製造し,製造物責任法が施行された平成7年7月1日以降に流通に置いた会社である。
なお,被告は,広島トヨペットとは何ら資本的関係を有さない。
(2) 事故の発生
原告Aは,平成11年3月22日午前11時10分ころ,本件自動車を運転して国道186号線を島根県浜田市方面から広島方面へ向けて走行中,島根県那賀郡z町大字abcdef番地南方約300メートル,傍示スノーシェッド手前で,本件自動車の制御が不能となり,道路右端まで減速しながら進行したが停止できず,そのまま約30メートル崖下まで転落した(以下
「本件事故」という。)。
2 争点
(1) 被告の製造物責任の有無
ア 原告Aは本件自動車を通常の用法に従って使用していたか。
(原告らの主張)
(ア)原告Aの本件自動車の使用
a 本件事故は,通常の走行中に発生したものである。
すなわち,本件自動車は,平成9年8月27日登録であり,新車で購入した後,1か月点検(同年9月13日,走行距離592キロメートル),6か月点検(同10年3月20日,走行距離4743キロメートル),12か月点検(同年10月15日,走行距離1万2375キロメートル)と各定期点検時に異常はなかった。
また,原告Aは,昭和46年5月に原動機付自転車の運転免許を取得し,平成4年12月に普通自動車運転免許を取得しているが,免許取得以来無事故無違反であり,息子のEと共用で本件自動車を仕事や遊びに使用していて,安全運転には定評があった。
b 原告らは,原告Aの運転する本件自動車で,本件事故前日の昼過ぎころに広島市内の原告Aの自宅を出てg温泉に向かい,事故当日の朝9時ころにg温泉を出発し,浜田市内の「h」で買い物をした後,午前10時過ぎころ浜田市を出発して帰途につき,国道186号線を広島方面に向け南下した。
(イ)雪によるスリップの可能性について

a 本件事故発生時,本件自動車にはスタッドレスタイヤが装着してあり,これは冬期のみ着用し,使用開始から2シーズン目のものであった。
原告Aは,雪道の走行も慣れてはいたが,この日は家族を乗せていたこともあって,いつもより慎重な運転であった。
雪は,浜田市を出たころから花びらが舞う程度に小雪がちらつき始めたが,道路に積もるほどではなく,山道ではあったが自動車の走行には全く支障がなく,積雪のためにスリップするような状況ではなかった。
本件事故現場にさしかかるころも同様に小雪が舞っており,路肩はうっすらと白くなっていたが,アスファルトの路面には全く積雪はなく,走行中も積雪を感じなかった。降り始めたばかりの雪は,路面に落ちても風で転がるような状態であり,解けた雪が路面を濡らすほどではなかった。
よって,路面は,積雪がなく乾いており,「アイスバーン状」,「シャーベット状」とは全く無縁な状態であった。
なお,本件事故後,原告らが転落した崖下から相当時間をかけて道路まではい上がってきたころ,雪が急に激しく降りだし,路面が真っ白になっていった。この間,事故から約30分以上経っていたと思われる。
b 本件自動車は,事故現場直前の左カーブを時速約30ないし40キロメートルで曲がり,直線上り坂に完全に入ってから間もなく急に,車体が進行方向に向かって右側に進み始めた。原告Aは,左カーブではアクセルから足を離してハンドルを左に切っていたが,直線に入るとともに徐々にハンドルを元に戻し始め,アクセルも徐々に踏み始めた状態であった。このとき,アクセル操作としては,坂を登るのに必要な程度の通常の加速をしただけであり,急加速などは全くしていない。
この時点で原告Aは,路面の凹凸かハンドルの切り方が原因かもしれないとは考えたが,まだ異常だとは思わず,ハンドルを左に切って車体を戻そうとした。その段階では,進行方向の誤差はまだわずかであり,原告Aはハンドルを少しだけ左に回した。このときのハンドル操作の軽重については,特に印象はなく通常程度に回転したと思われる。
ところが,車体は全く進行方向を変えず,中央線を越えて反対車線にはみ出したので,原告Aはブレーキをかけながらハンドルをさらに左に切った。この段階では,まだ車体を立て直せると思っていたので,急ブレーキではなく徐々に減速するようなブレーキの踏み方であった。
しかし,その後も車体は右の方へ向けて進行し,崖下へ転落する危険を感じたので,原告Aは急ブレーキをかけて電柱に本件自動車を衝突させて止めようと思った。ただし,急ブレーキといっても,原告Aの記憶では,ポンピングブレーキをかけ,それに応じて減速したのであって,急停車ではなかった。このときのブレーキの操作感覚は,とっさのことなので明確ではないが,特に違和感を感じたという記憶はない。
このように,原告Aは,右にハンドルを切って道路右端の電柱に衝突させようとしたが,ハンドル自体は右に回っても本件自動車の進路は変わらず,結局電柱に衝突せずに電柱の3,4メートル先の路肩に右前輪が落ちて止まった。
ところが,右前輪が落ちて止まったと思った瞬間,車体が右前輪を中心に90度回転し,左前輪も路肩に落ち,さらに次の瞬間,前方崖下に向けて本件自動車は落ちていった。
c この間の原告Aの運転には何らの操作ミスもなく,本件事故は,通常の使用形態において使用中に,操作ミス以外の何らかの原因でハンドル制御が利かなくなったことによるものである。
(ウ)本件事故後の原告Aの言動について
被告は,本件事故直後の原告Aの言動を援用し,原告Aがスリップが
原因で本件事故が発生したことを認めた旨主張する。
しかし,原告Aはかかる趣旨の発言をしたことはなく,仮に原告Aの口からそのような類の言葉が出たとしても,それは一連の会話の中で言い争いになった際のもので,全体の流れから見れば,発言の趣旨がスリップが原因で本件事故が発生したことを認めたものではないことが明らかである。
(被告の主張)
(ア)自動車の走行は,天候,走行する道路・路面の状況,他車の挙動,自車の速度,その他の様々な要因により影響を受けるものである。したがって,「通常の走行」といえるためには,これらの状況に応じ運転者が適切な操作をしたことが前提であり,通常の走行中に本件事故が発生したというだけでは,本件自動車が通常有すべき安全性を欠いていたことの事実主張としては,具体性を欠くものといえる。
(イ)本件事故当日は,低気圧が発達しながら日本海を通過し,山陰地方は軒並み真冬並みの寒い1日となっており,本件事故現場手前で本件事故現場より標高の低いiでは,午前9時に3センチメートルの積雪が観測されていることからすれば,本件事故当時の本件事故現場付近には降雪ないし積雪があり,気温も低かったと推測される。
また,本件事故現場は,国道186号線の傍示峠を日本海側に少し下った中国山脈の尾根の一画に位置している。同国道は,山の斜面を切り開いた山岳道路といってよく,とりわけ本件自動車が右に流れ出した場所の付近は,本件自動車の進行方向に向かって左側には切り立った斜面があり,右側にも小高い山がある切り通し道路になっているため,朝夕には日照が得られにくい場所である。
以上のような気象状況と地理的状況を考慮すると,本件事故現場付近の路面は凍結していた可能性がある。
凍結して滑りやすい路面状態の場合,とりわけ坂道の場合,アクセルペダルを踏んで後輪の駆動力が急増するとスリップしやすいことは広く知られているところであり,路面状況に応じた慎重な運転操作が要求される。本件事故は,原告Aが雪による路面凍結等に応じた適切な操作をしなかったためスリップして生じたものである。
なお,本件事故現場付近は,冬季にはスリップ事故が多い場所だとのことである。
(ウ)原告Aは,本件事故直後の平成11年3月22日,広島トヨペットj営業所のF所長に対し,電話で,「スタッドレス(タイヤ)を履いていたが雪道で滑り,ポンピングブレーキを踏んだが止まれず谷に落ちた。エアバッグが開かないのはおかしい。」と述べたほか,同月24日,崖下に滑り落ちた本件自動車がクレーン車で引き上げられて広島トヨペッ
トj営業所に搬入された際にも,Gほかに対し,「雪が降っていた。上り坂で滑って車が右を向いた。ポンピングしたがダメだった。エアバッグが開かないのはおかしい。」と述べている。
このように,原告Aは,本件事故直後においては,スリップが原因で本件事故が発生したことを認めた上,本件自動車にABS(アンチロックブレーキシステム)が装着されていたにもかかわらずスリップが生じたことと,本件自動車が崖下に滑り落ちた際に本件自動車に装着されていたエアバッグが展開しなかったことを問題としていたのである。
この点,原告らは,原告Aが雪道で滑った旨の発言をした事実を否認し,仮にそのような発言があったとしても言い争いになった際のものであると主張するが,上記発言は,平成11年3月22日及び同月24日の2度にわたって原告が自ら不利益な事実を述べたものであるから,その信用性に欠けるところはないというべきである。
イ 本件自動車は,「欠陥」によりハンドル制御不能になったのか。
(原告らの主張)
(ア)本件自動車には,事故前日から当日にかけての走行においても,走行中に異音や振動などの異常は感じられなかった。
本件事故現場直前の左カーブはかなり急なカーブであるが,ここも異常なくハンドルを切って曲がり,直線に入ってもハンドルを戻して一旦は進路を立て直すことができているので,この段階まで,ハンドル制御
には異常は感じられなかった。
にもかかわらず,本件自動車は,前記のように突然ハンドル制御が利かなくなり,本件事故が発生したのである。
したがって,本件自動車には通常有すべき安全性が備わっていなかったといえ,これは「欠陥」に当たる。
(イ)被告は,本件自動車を崖下からレッカーで引き上げる作業をするときにも,わざわざ2名を本件事故現場に派遣して引上げの様子をビデオに撮影したり,原告に何らの説明もなく本件自動車の事故修理と称して勝手にリコール部品の交換をするなど,本件事故発生直後から異常と思えるほどの対応をとっており,不可解である。
(ウ)原告らは,本件事故の原因が本件自動車自体の欠陥によるものであると主張するものであるが,その不具合の部位が本件自動車内部のどこであるかまでの主張立証責任はないと考える。
消費者の側に,事故原因や事故のメカニズムについての詳細な主張や厳格な証明を求めることは不可能を強いることであり,消費生活を営む弱者としての消費者の権利を侵害することに他ならない。よって,公平の観点から,事業者と消費者の間の当該製品についての知識や情報の格差を是正し,実質的な対等,平等関係を回復しなければならず,そのためには,被災者の立証の軽減が図られなければならない。
本件においては,本件事故が通常の用法に従って使用中に突然ハンドル制御が利かなくなったことにより発生したことが証明できれば,原告らの証明は尽くされることになる。それ以上,原告らにおいて,本件自動車の不具合の部位,原因,メカニズム等,ハンドル制御不能の状態がどのような機序によるものであるかに関して,主張立証する必要はない。被告において制御不能を否定するだけの厳格な証明に成功しなければ,躊躇なく被告の責任が認められるべきである。
(エ)被告は,本件事故による修理内容のうち操舵性に関係する部品をいくつか取り上げているが,原告らの主張する「欠陥」は決してそれらだけに限定されるわけではない。
原告らの主張は,あくまでも本件自動車には通常有すべき安全性が備わっていなかったということであり,本件事故の原因であるハンドル操作が利かなくなるという異常を生じさせた可能性がある部品,システムなどすべてが問題となる。
また,被告が修理した部品以外には全く異常がなかったとの主張も争う。原告らとしては,修理内容はあくまでも被告の支配下におけるもので,製造過程と同様に確認のしようがないことだからである。
(オ)また,被告は,修理部位が破損等した場合にはハンドル操作に異常を感じるほか,異音,振動が生じたはずであるのに,原告らが本件事故前日から当日までこれらを感じなかったことをもって,直ちにこれらの部位は損傷していなかったと結論付けているが,この理論は,これらの部品の損傷が最終の左カーブを曲がった直後に発生した可能性を意図的に無視したものである。
もし,カーブを曲がった直後に破損等が生じていれば,原告Aはその後ハンドル操作に異常を感じており,また,そのような予想外の事態に直面してパニックになったときには,異音,振動が生じていても記憶していないだけかもしれない。
(被告の主張)
(ア)本件事故による修理内容について
本件自動車を転落現場から引き上げた後に搬送トラックに積載した際や,広島トヨペットj営業所に搬入した後に移動のため走行させた際等にも,本件自動車の走行自体には異常はなかった。
また,本件事故による修理のうち,本件自動車の操舵性に関係する部品は,フロントサスペンション関係,フロントアクスル関係及びステアリングコラムのみである。
このうち,前2点については交換を行っているが,それは交換した部品に強い衝撃が加わったと思われる形跡があったためである。もしこれらの部品が走行中に破損等していたのであれば,操舵性に影響が生じる可能性はあるが,破損等した場合はハンドル操作に異常を感じるほか,
異音,振動が生じたはずである。しかし,原告らは,本件事故前日から当日にかけて,走行中に異音や振動などの異常は感じなかったのであるから,本件事故前には,これらの部品は破損していなかったと考えられる。
また,ステアリングコラムは,衝撃吸収機構が本件事故の衝撃によって作動したか否かを確認するために脱着したのみであって,同機構は作動しておらず,また異常もなかったため,修理交換等は一切行っていない。
(イ)リコール内容について
a 本件自動車については,平成11年5月18日,リコール(届出番号566)がなされている。リコールの対象となった不具合の部位は緩衝装置(前輪)であり,「前輪緩衝装置のロアアームとナックルアームを連結しているロアボールジョイント内部の潤滑性に一部不適切なものがあるため,このままの状態で使用を続けると,摺動部分が異常に摩耗して損傷し,最悪の場合,ロアボールジョイントがナックルアームから外れ,走行不能に至るおそれがある。」というものであった。これに対して被告が採った改善措置は,対象車両の「全車両,左右ロアボールジョイント(ナックルアーム付き)を対策品と交換する。」というものである。
ロアボールジョイントが異常に摩耗した結果ナックルアームから外れた場合,前輪を支持しているアッパーアームとロアアームのうちのロアアームが外れて前輪は支持を失うため,最悪の場合,走行不能に陥ることになる。このとき,車体は,ロアボールジョイントの外れた車輪側に大きく傾くとともに,ロアボールジョイントの外れた車輪は外側に大きく開く。しかし,ロアボールジョイントが摩耗してもナックルアームから外れるまでに至らない場合,前輪はアッパーアームとロアアームによって支持されているため,走行に支障は生じない。
b 本件自動車についての上記リコールは,平成11年5月19日にリコール実施を知らせるダイレクトメールが発送されたが,当時,本件自動車が広島トヨペットにおいて本件事故による損傷の修理中であったため,同月23日にリコール作業が実施され,前輪左右のロアボールジョイントが対策品と交換された(甲9)。
そして,本件事故による修理前に本件自動車を撮影した写真(乙1)を見ると,前輪のロアアームは左右共に正常な位置にあり,車体も左右いずれにも傾いていないことは明らかである。したがって,本件事故当時,本件自動車のロアボールジョイントに異常はなかったといえる。
(ウ)原告らの主張に対する反論
a 原告らは,ハンドル制御不能になり崖下に転落したことを主張するが,これは具体性を欠く主張である。ハンドルが回っても自動車の進行方向は全く変わらなかったということの意味は,(a)ハンドルは回ってもタイヤの向きがハンドルの回転どおりには変わらなかったという意味か,(b)ハンドルを回したとおりにタイヤの向きが変わったが自動車の進行方向は全く変わらなかったという意味か,明らかでないが,(b)であれば,単にスリップしていただけであるから,原告らの主張は(a)と思われる。
しかし,ハンドルを回転させた場合,その回転運動は,概略,ステアリングコラム,ステアリングギア,ステアリングリンケージ等を介してタイヤの向きを変えるのであるが,本件事故修理に際して,ロアボールジョイント(ナックルアーム付き)を除きこれら部品の修理交換等は一切行われておらず,また,本件事故の前後を通じて異常があった旨の指摘もない。仮に,交換したロアボールジョイントがナックルアームから外れていたとすれば,本件自動車は走行不能になる恐れがあるが,本件自動車にそのような異常が見受けられなかったことは明らかであり,本件事故の原因が(a)であったとは考えられない。もし原告がこれを争うのであれば,製品の欠陥を具体的に主張立証する必要がある。
b 事故原因について

原告らは,本件事故による修理の内容についての被告の説明では本件自動車に欠陥がなかったとはいえないとし,本件事故の原因であるハンドル操作が利かなくなったという異常を生じさせる可能性がある部品,システムなどすべてが問題となると主張する。
しかし,そのような漫然とした主張では,具体的事実の主張があるとはいえない。
また,原告Aは,車体が右側に進み始めたとき,進行方向の誤差がまだ僅かであり,大したことはないと考え,ハンドルをちょっと回したということであるから,冷静さを失っていなかったのであり,もし操舵性に影響が生じる部品が破損等したとすれば,操舵性に異常が生じる前又は異常が生じると同時に異音,振動を感じるはずであるのに,前記の冷静さを失っていない状況下でこれらを感じていないのであるから,パニックになって記憶していないだけかもしれないという原告らの主張は失当である。
c その他
本件自動車を崖下から引き上げる際に立ち会ったのは,被告の担当者ではなく,広島トヨペットのG(以下「G」という。)とH次長の2名である。両名は,原告Aから,エアバックが開かなかったという話と,本件自動車が落ちた崖下にはわさび田があり,オイルが漏れ出て被害が生じるかもしれないという話を聞いたことから,心配して立ち会ったものに過ぎない。また,引上げの様子はカメラで撮影したが,引上げに立ち会った記録として撮影したものであり,何ら異常な対応ではない。
また,リコールを案内したときに対象車両がディーラーに入庫していればリコール部品の交換を行うのは当然であり,何ら不可解な対応ではない。
(2) 損害
(原告らの主張)
ア 原告Aの損害
自動車修理費用             160万円
治療費,文書料           3万2710円
慰謝料                 100万円
雑費(レッカー,タクシー代)   14万7750円
弁護士費用                25万円
合計              303万0460円
イ 原告Bの損害
慰謝料                 100万円
弁護士費用                25万円
合計                  125万円
ウ 原告Cの損害
治療費,文書料             5220円
慰謝料                 100万円
弁護士費用                25万円
合計              125万5220円
(被告の主張)
争う。
第3 争点に対する判断
1 前記争いのない事実等及び証拠(甲1ないし3,6の1ないし3,7ないし12,乙1ないし6,7ないし9の各1・2,10ないし13,証人G,同I(以下「I」という。),原告A本人)並びに弁論の全趣旨によれば,以下の各事実が認められる。
(1) 本件事故現場は,島根県から広島県に向かう国道186号線が傍示峠にさしかかり,カーブが多く斜度約6パーセントの急な上り坂となっている場所であり,冬季は積雪が多く付近にはスキー場もあって,本件事故現場から傍示峠寄りに向かってすぐにスノーシェッドと呼ばれる雪除けの庇状の構造物が道路に設置されていた。また,本件事故現場付近の道路は,本件自動車の
進行方向左側が山で切り立った壁,右側が谷で崖になっているが,本件事故現場直前には右側に小高い山があって切り通しの道路となっている。

本件事故現場の方角は,山側がおおよそ東,谷側が西,本件自動車の進行方向が南であった。
(2) 本件事故現場から日本海沿岸に下った浜田市における本件事故当日の天候は,午前11時に摂氏2.6度を記録するなど,午前7時から正午ころまでは気温4度以下で推移し,午前6時から正午ころまでは最大風速が毎秒7ないし10メートルの北北東の風が吹いていた。また,午前中から雪が降っており,午前11時には1ミリメートルの降水量を観測した。
本件事故現場から浜田市に向かって約2キロメートル下ったiでは,同日午前5時,6時及び11時にそれぞれ毎時1ミリメートルの降水量を観測し,同日午前9時現在で3センチメートルの積雪を記録していた。
また,本件事故の交通事故証明書の天候欄は,「雪」となっている。
(3) 本件自動車は,平成9年8月27日登録であり,新車で購入した後,1か月点検,6か月点検,12か月点検と各定期点検時に異常はなく,本件事故当時は,走行距離が約2万キロメートルであった。また,本件事故時,本件自動車にはスタッドレスタイヤが装着されていた。
本件自動車は,ギアがAT(オートマチックトランスミッション)であり,また,いわゆるFR車で駆動輪は後輪であった。
本件自動車は,本件事故以前にカーナビゲーションシステムの画面が見えなくなる故障による修理歴が2回あったが,それ以外の駆動系には故障歴はなかった。
(4) 原告Aは,平成7年10月ころから同8年3月ころまで,島根県那賀郡k町内の老人福祉施設で空調配管工事を請負い,広島市内の自宅から同現場に行くために,本件事故現場のある国道186号線を何度も往来したことがあった。10センチ程度の積雪の時もあったが,スタッドレスタイヤを装着して走行しており,これまでにスリップなどの危険に遭ったことはなかった。
(5) 原告Aらは,本件事故前日に浜田自動車道を通ってg温泉へ行き,本件事故当日は,g温泉から浜田市内の「h」に立ち寄った後,午前10時過ぎころ,国道186号線を通って広島市内の自宅へ帰宅しようとしていた。このとき,浜田市内は,既に雪が降り始めていた。
原告Aは,当日は,家族を乗せていたこともあって,追い付いてきた後続車を先に行かせるなどして慎重に運転していた。
(6) 本件事故現場手前には,斜度約6.5パーセントの坂を上りながら半径80メートルで左に大きく曲がるカーブがあり,原告Aは,上り坂による自然な減速を利用し,アクセルの踏み具合をゆるめながら一定速度を保ち,同カーブを通過した。
同カーブから立ち上がった直後の本件事故現場付近の直線も,依然として斜度約6パーセントの上り坂であり,原告Aは,カーブの通過のために速度の落ちた本件自動車を通常の速度まで加速させるため,アクセルを踏み込んだ。
その際,本件自動車は,加速しながら進行方向やや右を向き始めたため,原告Aは,ハンドルをやや左に切って自車を車線内に戻そうとした。
しかしながら,ハンドル操作は全く利かず,本件自動車は依然としてやや右方に向かってセンターラインを越え対向車線を直進し続けたため,原告Aは,危険を感じてハンドルを大きく左に切りながらブレーキを踏んだがこれも利かず,本件自動車は,上り坂による自然な減速をしてさらに対向車線を進行した。原告Aは,前方にガードレールが切れて崖になっている部分が迫ってくるのを発見し,ブレーキを完全に踏みきると同時に道路右側にある電柱に衝突させようとハンドルを右に切ったが,やはりブレーキもハンドルも利かず,本件自動車は右前輪から路肩に落ち,一度は止まりかけたものの右に方向を変えて本件事故現場から崖へ転落した。その際,本件自動車は,転倒したり回転したりせずに,斜面を走行するような状態で立木をなぎ倒しながら崖下へ転落したが,エアバックは展開しなかった。
(7) 原告らは,崖下から自力で道路まで這い上がり,救急車で国立浜田病院へ搬送されて治療を受け,その後タクシーで帰宅した。
原告Aは,同日中に広島トヨペットj営業所へ電話連絡をして,同所のF所長に対し,本件自動車が転落したので引上げ後に搬入して,修理が可能であるか否かを見てもらうように依頼した。
(8) 平成11年3月24日,レッカー業者が本件自動車を崖下から引き上げて
トラックに積込み,広島トヨペットg営業所まで運搬した。
広島トヨペットのG第3営業部長(当時)及びH次長は,F所長からの依頼を受け,本件自動車の転落現場付近にあるわさび田へのオイル漏れの有無を確認するとともに,同現場の地権者との間で本件自動車がなぎ倒した立木の補償等の交渉を行った。
その際,G及びHは,本件自動車の引上げ作業にも立ち会い,現場の状況等を写真撮影するなどしていたが,Gらが写真撮影を行ったのは,地権者との交渉に役立てるためであった。
また,本件自動車をトラックに積み込む際,本件自動車のエンジンを掛けず,ギアをニュートラルに入れ,坂道の傾斜を利用してトラックまで運搬したが,ハンドル操作によって本件自動車の進行方向を変えることができ,荷台に乗せるための2本の板状のスロープまで正確に移動することができた。
(9) 同日,原告Aは,本件自動車が搬入された広島トヨペットj営業所へ本件自動車の確認のために赴いた。本件自動車を確認した後,Gは,原告Aに対し,地権者との交渉の結果等につき,わさび田へのオイル漏れはなく,立木の補償も地区の会合に日本酒を2,3本持ってきてもらえればよいとの回答を得た旨を伝えた。
また,原告Aは,Gと事故の原因について話し,雪道で滑りポンピングブレーキを踏んだがABSがついているのに作動せずハンドルが利かなかったこと,崖を落ちるときにエアバックが開かなかったことについて説明を求めた。
Gは,車を立て直すには,滑る方向にハンドルを戻して接地面積を大きくする必要があり,滑る方向と反対にハンドルを切ってしまうとますます滑り出してしまうこと,ABSは電子制御でタイヤのロックを防ぐ装置なので,これを作動させるにはポンピングブレーキではなくブレーキを踏み続ける必要があったこと,エアバックが展開しなかったのはそれほどの衝撃が加わら
なかったためであることを説明し,展開したエアバックを元に戻すのにも費用がかかることから,非常に運がよかったと思われるなどと話した。
(10)翌25日,広島トヨペットj営業所のサービスマネージャーIは,本件自動車の損傷箇所を確認して修理の見積を行うため,駐車場に停めてあった本件自動車を作業場内まで移動させた。その際,Iは,本件自動車のエンジンを掛けてアクセル,ブレーキ,ハンドル操作を行って自走させたが,エンジンのファンとラジエーターが若干干渉していたものの,ハンドルやブレーキ
の操作は正常に行って移動させることができた。
(11)本件事故による本件自動車の修理箇所で操舵性に関係のある部品は以下のとおりである。
フロントサスペンション アッパーアーム ASSY RH
フロントショックアブソーバ ASSY RH
ステアリングナックル RH
フロントサスペンション ロアアーム SUB ASSY RH
フロントサスペンション ロアアーム NO.2 RH
フロントアクスル ハブ ベアリング RH
フロントアクスル ハブ オイルシール RH
フロントアクスル ハブ ホールスナップリング RH
フロントアクスル ハブ ナット RH
フロントアクスル ハブ グリースキャップ RH
フロントスキッド コントロール ロータ
これら修理箇所については,異常に変形していたり破損している部品はなかったものの,本件事故による衝撃で傷が付いていたため,安全上の配慮から部品の交換を行った。
また,本件事故による修理の際,同様の理由によりロアボールジョイントも交換したが,後記のリコールの際にも再度ロアボールジョイントの交換を行ったため,広島トヨペットは原告Aには同部品の交換費用を請求していない(乙6)。
上記修理箇所以外にも,衝撃吸収機構が本件事故の衝撃によって作動したか否かを確認するためにステアリングコラムを脱着したが,衝撃吸収機構は作動していなかったため部品の交換を行わなかった。
見積りに際し,Iは,F所長から,原告Aがエアバックが開かなかったと
言っている旨を聞いていたため,エアバックの点検を行ったが,異常はなかった。
(12)同月28日ころ,原告Aは陸運局へ赴き,本件自動車と同車種のトヨタマークⅡにつき,ハンドルが利かないという事故例でクレームが付いたことがないか問い合わせた。その段階では同車種にリコールの届出はなかった。
(13)同年5月18日,被告は,マークⅡ等10車種について,リコールを届出た。
リコールの対象となった不具合の部位は,緩衝装置(前輪)のボールジョイントであり,前輪緩衝装置のロアアームとナックルアームを連結しているロアボールジョイント内部の潤滑性に一部不適切なものがあり,そのままの状態で使用を続けると摺動部分が異常に摩耗して損傷するというものであり,ボールジョイントが外れない限りは操舵性やアクセル・ブレーキに影響はないが,最悪の場合はボールジョイントがナックルアームから外れ,同部分により接続されているタイヤが大きく外側を向いてしまい,車体全体が同タイヤ方向に傾き,操舵性に大きな影響が出ることになるというものであった。
被告は,同リコールの届出を行ったことから,「ご愛車のリコール実施のお願い」と題する通知のダイレクトメールを原告Aに送付するとともに,同月23日,原告Aの承諾を得ることなく同部品を対策品と交換した。
(14)本件自動車は,同月26日に原告Aに納車された。
納車後,原告Aは,納車前に通知のあったリコールについて,リコール部品が本件事故の原因となっていると考え,広島トヨペットj営業所に赴き,リコール部品の交換とその引渡しを求めたところ,Iは,既に同部品の交換作業が終了している旨を原告Aに告げた。
(15)同年6月11日,原告Aは,広島トヨペットj営業所に,本件事故による本件自動車の修理代金として160万円を支払った。
原告Aは,現在も本件自動車を使用しているが,本件事故以降,本件自動車の操舵性には何らの異常も発生していない。
以上の各事実が認められる。
2 争点(1)アについて
(1)ア 上記認定事実によれば,本件事故現場付近は,冬場の積雪が多い地域であること,本件事故当日,本件事故現場より標高が低く日本海側の浜田市に向かって約2キロメートル下った地点にあるiにおいて,本件事故発生の2時間前である午前9時に3センチメートルの積雪が観測されており,交通事故証明書の天候欄も雪になっていること,本件事故当日は,日本海沿岸まで下った浜田市でも気温摂氏2度から4度,風速毎秒7ないし10メートルの真冬並みの天候であり,浜田市より標高の高い本件事故現場付近の気温が氷点下まで下がっていた可能性があること(ちなみに,甲8によれば,島根県内のlやmでは,同日午前中の気温が氷点下まで下がっていることが認められる。)がそれぞれ認められる。
これらの本件事故現場付近の状況や気象条件からすれば,本件事故当時,本件事故現場の天候は雪であったというべきであり,本件自動車の進路が右方に向き始めた付近の道路には積雪があったと認めるのが相当であって,これに反する原告Aの供述は,にわかに信用することができない。
イ また,上記認定事実によれば,本件事故現場手前には比較的急な左カーブがあり十分な減速が必要であったこと,同カーブを立ち上がった後の本件現場付近は斜度約6パーセントという急な上り坂の直線道路であることがそれぞれ認められ,これらの事実からすると,原告Aは,本件事故現場手前で,カーブを通過するために相当程度減速した本件自動車の速度を通常の速度まで回復させ,さらに続く上りの直線を上るべく,本件事故現場手前の直線部分で,アクセルを相当程度踏んで加速したものと推認することができる。
ウ 次に,上記認定事実によれば,本件自動車の進路が右にずれ始めるという異常が発生した後も,本件自動車のハンドルは普通に回すことができたものの,ハンドルの操作によっては本件自動車の進行方向が全く変化しなかったこと,本件自動車の進行方向が変化せずに崖が近づいたため,原告Aが危険を感じて急ブレーキを踏んだにもかかわらず,ブレーキ操作によっては本件自動車が減速しなかったことがそれぞれ認められる。

とすると,本件自動車は,進行方向が右にずれるという異常が発生した後は,ハンドル操作のみならずブレーキ操作も利かなくなっていたというべきであり,単にタイヤの方向性,操舵性のみに異常が発生しただけではなかったというべきである。
他方,上記認定事実によれば,本件事故現場手前の左急カーブでのハンドル操作に対する本件自動車の反応については何ら異常が認められなかったこと,カーブを立ち上がった直後の直線で原告Aがアクセルを踏み込んだ際には本件自動車は加速していたことがそれぞれ認められるのであるから,その時点では,ハンドル操作やアクセル・ブレーキ等のペダル操作がタイヤに伝達されない状態であったとは認められない。
(2) 以上の事実を総合すると,原告Aは,本件事故現場手前のカーブから直線に立ち上がった際,本件自動車の速度を通常まで回復するためにアクセルを踏み込んだが,本件事故当時,同地点の道路には積雪があったために路面の摩擦が小さく,アクセル操作による急激な後輪の駆動力の増加でスリップが発生し(キックバック現象により急に駆動力が増した可能性が高い。),こ
れによって本件自動車の進行方向がずれたものと認めるのが相当である。
そして,進行方向が右にずれた後,スリップによりタイヤと路面の摩擦が減少している状態で,原告Aがブレーキを掛けたことによって,さらに急激なブレーキ操作を原因としてスリップ状態が増幅し,加えてハンドルを大きく左に切ることによってタイヤと路面の接地面積を減少させ,さらにスリップ状態が継続したものと認めるのが相当である。
(3) なお,原告Aは,過去にもスリップを経験したことがあるが,本件事故の際の本件自動車の挙動はスリップとは明らかに異なる旨供述するので,以下検討する。
証拠(証人G,原告A本人)及び弁論の全趣旨によれば,急激なブレーキ操作を原因とするスリップはタイヤがロックして滑るものであるのに対し,アクセル操作を原因とするスリップはタイヤが空回りして滑るものであって,その発生機序は全く異なること,原告Aが過去に経験したスリップは急ブレーキによるスリップであることがそれぞれ認められる。
とすれば,本件で発生したアクセル操作を原因とするスリップと原告Aの過去に経験したスリップは,タイヤの動きが路面に伝わらないという意味においては共通するものの,自動車の挙動も運転者の受ける感覚も違うのであるから,これを単純に比較することは相当ではなく,原告Aの上記供述は,上記認定を左右するものではないというべきである。
(4) さらに,上記認定事実によれば,原告Aは,本件事故当日広島トヨペットj営業所に電話をかけたときにF所長に対し,また,本件自動車が同営業所に搬入された日にGに対し,本件自動車が雪道で滑った際にABSが作動しなかったこと及びエアバックが開かなかったことについて苦情を言ったこと,これに対しGがスリップする方向にハンドルを切れば立て直すことができたことを説明していること,原告Aは,Gら広島トヨペットの従業員に対し,本件自動車に欠陥があるとの苦情を言ったことはなく,本件自動車の交換を請求することなく修理代金を全額支払っていることがそれぞれ認められる。
この事実に照らすと,原告Aが,本件事故直後の時期には,F所長及びGに対し,本件事故現場付近に雪が降っており,本件自動車が滑って右を向いたと述べるなどして,本件事故がスリップによるものであったことを認める発言を繰り返していたと認めるのが相当である。
この点,原告らは,本件事故の原因について言い争いになった際に「もしスリップだとすればどうすればよかったのか。」という原告Aの質問を,「スリップした。」と発言したものとGらが誤解していると主張する。
しかし,上記認定事実及び証拠(甲11,証人G)によれば,Gは,原告の説明に対し,滑る方向にハンドルを切れば車を立て直せたことを説明していることが認められるところ,仮に原告Aが雪で滑った旨の発言をしていなければ,Gがスリップした場合の対応につき上記のような説明をすることは考えられない。また,原告Aは,本人尋問において,本件自動車が崖から落
ちる際に転倒せず滑るように崖を落ちたと説明したことをGがスリップと誤解したものであると供述しているが,その供述内容自体不自然である上,原告Aの主張及び供述には一貫性がないことからすれば,原告Aの供述はにわ
かに信用できず,この点に関する原告らの主張は採用できない。
3 争点(1)イについて
(1) 上記認定事実によれば,G及びH次長は,本件自動車が転落した崖下の地権者への対応をF所長に依頼されたため同所に赴いた際に本件自動車の引上げ作業に立ち会ったものであること,本件事故現場でトラックに積み込む際や広島トヨペットj営業所内で駐車場から修理場内まで運搬する際には,本件自動車のアクセル,ブレーキ及びハンドル操作とも異常がなかったこと,本件事故による本件自動車の操舵性に関する修理箇所(ロアボールジョイントを除く。)は,いずれもタイヤを支持するアーム等を構成する部品であって,ハンドル操作をタイヤに伝達するために必要な部品ではなく,同部品に破損が生じた場合にはタイヤの位置異常等による振動やハンドル操作の困難により自動車を操舵することに困難を感じるが,ハンドル操作が一切タイヤに伝わらなくなるものではないこと,本件自動車と同車種であるマークⅡのリコールの対象となった不具合の部位である緩衝装置(前輪)のロアボールジョイントは,ハンドル操作によるステアリングロッドの動きをタイヤに伝える支点の役割をする部品であり,ロアボールジョイントが外れればステアリングロッドの動きがタイヤに伝わらず走行不能に陥ることがあるとともに,タイヤを支持する他の部品が破損した場合と同様に,タイヤの位置異常等により相当の振動と操作困難が伴う可能性があるが,外れなければ操舵性
に影響が出る性質の部品ではないこと,たとえロアボールジョイントが外れたとしても,同部品はブレーキ操作をタイヤに伝達する装置ではないため,ブレーキ操作には何らの影響もなく,ブレーキが利かなくなることは考えられないこと,本件自動車の進行方向がずれ始めたとき,原告Aは,ロアボールジョイントが外れた場合に生ずる車体の傾き,振動ないしタイヤの位置異常によるハンドル操作の困難等の異常を感じていないこと,本件事故による修理やリコール対象部位であるロアボールジョイントの交換作業が行われるより前である平成11年3月31日に撮影された本件自動車の写真からは,タイヤを支持しているロアアームが折れていたり,ボールジョイントが外れて車体が傾いている様子はないこと,本件事故による修理及びリコール部品の交換後,現在に至るまで,本件自動車の操舵性には何らの異常も発生していないことがそれぞれ認められる。
(2) 以上からすると,本件事故後においても本件自動車の操舵性には何ら異常がなかったのであり,本件事故による修理やリコールの実施によって交換を行った部品には,本件事故による傷が認められた以外に本件事故の原因となるような異常があったとは認められないから,本件自動車の操舵性に関係のある部品に異常が発生し,それが原因で操舵不能に陥って本件事故が発生したとは認められないというべきである。
なお,Iが本件自動車を営業所内で移動させた際は,僅かな時間・距離を低速で移動させたにすぎないが,高速運転時と低速運転時とで異常の発生機序,態様が異なることを推認させる事情は何ら認められないから,上記事実は,本件自動車の欠陥の存在を否定する事情として評価しうる。
また,上記認定からすると,G及びH次長が本件事故現場まで来て本件自動車の引上げ作業に立ち会い,その様子を撮影していたことは,何ら異常な対応とはいえないというべきであり,原告らの主張するように,ロアボールジョイントの異常による事故例が報告されていたことから,本件事故についても詳細な調査を行うために引上げ作業のビデオ撮影等が行われたと認めるに足りる証拠はない。
したがって,本件自動車には,リコール対象箇所であるボールジョイントに不具合があったものの,同部分が本件事故の原因とはいえず,その他の修理箇所も本件事故の原因とは認められない。その他,本件自動車の部品,システム等に異常があったと認めるに足りる証拠はない。よって,上記2で説示したとおり,本件事故は,原告Aの運転方法上の問題により本件自動車がスリップして発生したというべきであって,本件事故が本件自動車の「欠陥」によるハンドル制御不能に起因して発生したとは認められない。
(3) この点,原告らは,本件事故による修理の内容についての被告の説明では本件自動車に欠陥がなかったとはいえないとし,本件事故の原因であるハンドル操作が利かなくなったという異常を生じさせる可能性がある部品,システムなどすべてが問題となると主張するが,製造物責任法は,設計・製造等
の消費者から認識することの困難な過程における製造者の「故意・過失」の立証責任を軽減するため,製品が通常有すべき安全性を欠いていたとの客観的事実たる「欠陥」の概念を採用したものであるから,件自動車の欠陥,すなわちその製品の性状が通常有すべき安全性を欠いていたことの主張立証責任はあくまで原告らの負担となる。したがって,本件自動車のハンドル操作に異常を生じたことが外的要因等ではなく本件自動車の性状に起因することを具体的に明らかにせず,単にその可能性を指摘するのみでは,欠陥の主張がなされたとはいえないものと解すべきである。
そして,上記認定事実によれば,本件事故による修理やリコール部品の交換後は,本件自動車は何らの問題もなく走行できているのであるから,これらの部位以外に何らかの異常があるとは認められないというべきである。
したがって,この点に関する原告らの主張は採用できない。
4 結論
以上からすれば,本件事故は,本件事故現場付近の路面に積雪があったために本件自動車がスリップして発生したものであり,本件自動車の欠陥によるものとは認められない。
したがって,その余の争点につき判断するまでもなく,原告らの請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条,65条1項本文を適用して主文のとおり判決する。

広島地方裁判所民事第一部
裁判長裁判官  田 中 澄 夫
裁判官  後 藤 慶一郎
裁判官  小 崎 賢 司



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