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笹子トンネルの天井板が崩落事故

横浜地方裁判所判決 平成25年(ワ)第1819号
平成25年(ワ)第4509号
判決日 平成27年12月22日
 笹子トンネルの天井板が崩落事故。
9名が死亡した事故。
笹子トンネルを占有管理する会社と保全点検等の業務の委託会社に対し,打音検査等の適切な点検が行われれば事故は回避でき,双眼鏡目視を採用したことに過失があると認定し,損害額を認めた。(共同不法行為に基づく不真正連帯債務
       主   文
 1 被告らは,原告X1に対し,連帯して4014万5853円及びこれに対する平成25年6月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告らは,原告X2に対し,連帯して4014万5853円及びこれに対する平成25年6月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告らは,原告X3に対し,連帯して4155万4605円及びこれに対する平成24年12月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 被告らは,原告X4に対し,連帯して4155万4605円及びこれに対する平成24年12月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5 被告らは,原告X5に対し,連帯して4705万4605円及びこれに対する平成24年12月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
6 被告らは,原告X6に対し,連帯して4705万4605円及びこれに対する平成24年12月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
7 被告らは,原告X7に対し,連帯して4553万7255円及びこれに対する平成24年12月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
8 被告らは,原告X8に対し,連帯して4553万7255円及びこれに対する平成24年12月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
9 被告らは,原告X9に対し,連帯して4701万4605円及びこれに対する平成24年12月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
10 被告らは,原告X10に対し,連帯して4701万4605円及びこれに対する平成24年12月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
11 被告らは,原告X11に対し,連帯して55万円及びこれに対する平成24年12月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
12 被告らは,原告X12に対し,連帯して55万円及びこれに対する平成24年12月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
13 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
14 訴訟費用は,第1事件原告らと被告らとの間においては,被告らに生じた費用の40分の39及び第1事件原告らに生じた費用を2分し,その1を被告ら,その余を第1事件原告らの負担とし,第2事件原告らと被告らとの間においては,被告らに生じた費用の40分の1及び第2事件原告らに生じた費用を20分し,その1を被告ら,その余を第2事件原告らの負担とする。
15 この判決は,第1項から第12項に限り,仮に執行することができる。
       事実及び理由
第1 請求
1 第1事件
被告らは,連帯して,原告X1らに対し,各9429万5564円,原告X3らに対し,各8252万7490円,原告X5らに対し,各8588万5749円,原告X7らに対し,各9762万3177円,原告X9らに対し,各8553万5445円及び各金員に対する平成24年12月2日(原告X1らについては平成25年6月1日)から,それぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 第2事件
被告らは,原告X11及び原告X12に対し,連帯して各1100万円及び各金員に対する平成24年12月2日からそれぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,平成24年12月2日に山梨県大月市笹子町所在の中央自動車道笹子トンネル(以下「本件トンネル」という。)上り線で天井板が崩落し,9名が死亡した事故(以下「本件事故」という。)に関し,ワゴン車に乗って本件トンネルを通行中に本件事故により死亡した被害者5名の遺族である原告らが,土地工作物である本件トンネルの管理に瑕疵があり,被告Y1及び被告Y2の被用者らには過失もあったと主張して,本件トンネルを占有管理する被告Y1に対しては民法717条1項又は同法715条1項に基づき,本件トンネルの保全点検等の業務を受託していた被告Y2に対しては同法715条1項に基づき,連帯して上記「請求」どおりの本件事故による各損害額及びこれらに対する本件事故発生日である平成24年12月2日(原告X1らについては一部弁済を受けた日の翌日である平成25年6月1日)から各支払済みまで,民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求めた事案である。
1 前提事実(証拠を明示した以外の部分は「当事者間に争いのない事実」ないし「当事者間において明らかに争わない事実」)
(1) 当事者等
ア 原告ら
(ア) 第1事件原告ら
原告X1らは,本件事故の被害者であるA’ことA(昭和59年○月○日生,当時28歳,以下「A」という。)の両親であり,相続人である。
原告X3らは,本件事故の被害者であるB(昭和60年○月○日生,当時27歳,以下「B」という。)の両親であり,相続人である。
原告X5らは,本件事故の被害者であるC(昭和60年○月○○日生,当時27歳,以下「C」という。)の両親であり,相続人である。
原告X7らは,本件事故の被害者であるD(昭和59年○月○○日生,当時28歳,以下「D」という。)の両親であり,相続人である。
原告X9らは,本件事故の被害者であるE(昭和60年○月○○日生,当時27歳。以下「E」という。)の両親であり,相続人である。
(イ) 第2事件原告ら
原告X11はAの姉であり,原告X12はAの妹である。
イ 被告ら
(ア) 被告Y1
被告Y1は,高速道路の新設,改築,維持,修繕その他の管理等を効率的に行う等して,道路交通の円滑化を図り,もって国民経済の健全な発展と国民生活の向上に寄与することを目的として(高速道路株式会社法〔平成16年6月9日号外法律第99号〕1条),その前身である日本道路公団の民営化に際して平成17年10月1日に設立され,日本道路公団等民営化関係法施行法(同102号)14条3項所定の認可を受けた実施計画の定めに従って,日本道路公団の業務並びに権利及び義務の一部を承継し(同法15条1項),東京都,神奈川県,富山県,石川県,福井県,山梨県,長野県,岐阜県,静岡県,愛知県,三重県及び滋賀県の区域内の高速道路の事業を営む(高速道路株式会社法5条2項3号)株式会社である。
(イ) 被告Y2
被告Y2は,道路に関する調査・設計・測量・点検・計画・研究・試験・施工管理等を目的とする株式会社であり,その発行済み株式の80.2パーセントを被告Y1が保有する被告Y1の子会社である。
(2) 本件トンネルの概要及び天井板の構造
ア 概要
本件トンネルは,中央自動車道大月ジャンクションと勝沼インターチェンジの間に位置し,昭和51年2月25日にトンネル本体工事が,昭和52年9月24日に天井板工事がそれぞれ完成し,同年12月20日から供用が開始された全長4417メートルに及ぶトンネルであり,本件事故発生時までに35年間が経過していた。
イ 天井板の構造
(ア) 本件トンネルの断面及び側面は,別紙2のとおりである(乙B13の5枚目)。トンネル上部を換気専用の空間として利用する横流換気方式が採用され,トンネル上部を換気通路として仕切るための天井板及び天井板上部を左右に分けるための隔壁板が設置されていた。
(イ) トンネル上部の換気通路の断面は,送排気流量の大きさに応じて,S型断面,M型断面及びL型断面の3つに区分(上り線における各位置は別紙1のとおり)されており,後記本件事故の発生現場付近ではL型断面が採用されていた。
L型断面における天井板は,幅約5メートル,奥行き約1.2メートル,厚さ約8センチメートルないし約9センチメートル,重量約1.2トンないし1.4トンのコンクリート板であり,別紙2及び別紙3(甲15の1頁ないし3頁)のように天井板を左右に1枚ずつ並べ,両端をトンネルの壁に設置された受け台と受け台アンカーボルトで固定し,中央部分をトンネル天頂部から約1.2メートル間隔の吊り金具で吊って固定する構造であり,天井板上部から天頂部までの高さは約5.37メートルであった。
(ウ) 天井板を支える吊り金具は,別紙2,3のとおり,トンネル天頂部に固定された長さ6メートルのCT鋼に接続され,CT鋼は,1枚当たり16本の天頂部アンカーボルト(天頂部や受け台に設置されていた各ボルトは,コンクリート等にあと付けで固着機能を保持することから「あと施工アンカー」と呼称される。)によってトンネル天頂部の覆工コンクリートに固定されていた。
(エ) L型断面における天頂部アンカーボルトは,設計上,長さ23センチメートル(ただし,本件事故後に引き抜かれたボルトの長さの実測値はいずれも20センチメートル),直径1.6センチメートルの鉄製のボルトであり,ケミカルアンカーボルト(接着系アンカーボルト)と呼ばれるものである。
(3) 本件事故の発生
ア 平成24年12月2日午前8時頃,本件トンネルの上り線大月市側出口から約1147メートルないし約1285メートルにかけての区域(別紙1の「上り線概要図」(断面図)記載の区域〔甲15の5枚目〕。以下「本件事故現場」という。)において,天井板約350枚が約138メートルにわたって天井の中央部分からV字状に崩落する本件事故が発生した。
本件事故現場は,別紙1の落下箇所であり,82.7キロポストから82.5キロポスト付近である。〔甲15,20,22,乙A2の2頁〕
イ 本件事故によって,A,B,C,D及びE(以下,5名を「被害者ら」という。)が乗車していた車両を含む走行中の車両3台がコンクリート製の天井板の下敷きとなり,被害者らは死亡した。
(4) 本件トンネルの占有関係等
本件トンネルの所有者は,独立行政法人F機構(以下「機構」という。)であるが,本件トンネルの占有者は,機構から本件トンネルを借り受けて高速道路の運営及び維持管理をしていた被告Y1であった。
被告Y2は,被告Y1から,本件トンネルを含む高速道路設備の道路保全管理業務を受託し,点検業務等を行っていた。
(5) 本件トンネルの事故前の点検等の実施状況等
ア 日本道路公団及び被告Y1は,安全点検の方法,頻度等についての指針として,昭和58年6月付けの「点検の手引き(案)」(甲29),平成15年8月付け及び平成17年9月付けの「道路構造物点検要領(案)」(甲30,31),平成18年4月付けの「保全点検要領」(甲32)並びに平成24年4月付けの「保全点検要領 構造物編」(甲33)(以下,これらと平成13年4月付け「道路構造物点検要領(案)」(乙A10)を合わせて「点検要領等」という。)を作成していた。
イ 被告Y1は,平成12年以降,点検要領等に定められている点検として,同年6月に緊急点検,平成17年9月に詳細点検,平成24年9月に詳細点検の3回にわたり,被告Y2(ないしその前身であるY2’株式会社)に本件トンネルの点検を委託し,被告Y2はこれを受託して,本件トンネルの点検を行った。
このうち,本件事故の直近の点検である平成24年9月の点検(以下「本件点検」という。)は,点検要領等のうち,同年4月付けの「保全点検要領 構造物編」に基づく詳細点検であり,その点検方法は,被告Y1の担当部署である八王子支社保全・サービス事業部保全チーム(以下「保全チーム」という。)と,被告Y2の担当部署である道路技術事務所技術管理第二課及び中央高速事務所(以下,単に「道路技術事務所等」という。)の協議によって決定されていた(以下,「保全チーム」及び「道路技術事務所等」を各被告の「被用者」の趣旨で用いることがある。)。
(6) 本件事故後の調査状況等
本件事故後,国土交通省は,本件事故の発生原因の調査,同種事故の再発防止策の検討を目的として,専門家委員らで構成される「トンネル天井板の落下事故に関する調査・検討委員会」(以下「調査委員会」という。)を設置し,同委員会において当該調査・検討を行った。
同委員会は,平成25年6月18日付けで,「トンネル天井板の落下事故に関する調査・検討委員会報告書」(以下「調査報告書」という。乙A2)を作成して公表した。
(7) 一部弁済
ア 被告Y1は,平成25年5月31日,原告X1らに対し,本件事故による損害賠償債務の一部弁済として,それぞれ500万円(合計1000万円)を支払った。
イ 被告Y1は,平成26年11月12日,原告X3らに対し,本件事故による損害賠償債務の一部弁済として,同債務の元本に充当するとの合意のもと,それぞれ500万円(合計1000万円)を支払った。
2 争点及び当事者の主張
(1) 各被告の被用者の本件事故に係る責任原因(過失)の有無について
(原告らの主張)
ア 総論
被告Y1の保全チーム及び被告Y2の道路技術事務所等は,次のとおり過失によって本件事故を発生させたものであり,かかる不法行為は各被告の事業の執行につきされたものであるから,その各使用者である各被告は,いずれも民法715条1項に基づき,本件事故により生じた損害を賠償する責任を負う。
イ 被告らの被用者の予見可能性
以下のとおり,各被告の被用者らは,本件点検時に本来行うべき方法で本件点検を実施していれば,本件事故の発生を予見することができた。
(ア) 予見可能性の判断基準
予見可能性の有無は,当該行為者自身の能力を基準として判断するのではなく,その職業・地位・階級に属する平均人の能力を基準に判断すべきである。
被告Y1は,国民の生活において日常不可欠となっている高速道路の維持・修繕その他の管理等を行う会社,その子会社である被告Y2は,高速道路設備の保全点検業務を専門的に行う会社であり,その業務は,いずれも国民の交通上の利便性のみならず,道路交通の安全,ひいては国民の生命を守るために重要なものである。
これらの保全チーム及び道路技術事務所等は,高速道路設備の管理に関する専門的な知識・経験・技能を有していることから,その業務を遂行するに当たっては,高度な注意義務を課されている。特に,点検業務は,計画的な道路の管理を行うための出発点となる重要な業務であり,詳細点検は,構造物の特性,劣化機構を十分に勘案して高度な技術的知見をもって行うことが要求される。したがって,保全チーム及び道路技術事務所等は,詳細点検に関する業務を遂行するに当たっては,より一層高度な注意義務を課されている。
そして,高度な行為水準を前提とした平均人の能力を基準とすれば,保全チーム及び道路技術事務所等は,高速道路設備の管理に関する専門的な知識・経験・技能に照らし,本件点検に当たって本来行うべき方法での詳細点検を行うべき責務を負うのであるから,本来行うべき近接目視,打音(打診),触診による点検を実施していれば予見できたであろう事情についても基礎事情とすべきである。
(イ) 本件点検時に,近接目視,打音点検及び触診による点検を行うべきであった事情
a 本件トンネルの構造
本件トンネルは,6メートルのCT鋼ごとに天井板・隔壁板等を16本の天頂部アンカーボルトと両端の受け台で支える吊り方式の天井板構造を採用しており,本件トンネルの天井板左右2枚,隔壁板1枚,モルタル及びCT鋼等の各重量によって垂直方向にかかる荷重は,側壁受け台ボルトにかかるほか,CT鋼1枚当たり16本の天頂部アンカーボルトにかかることとなる。
昭和58年6月付け「点検の手引き(案)」には,天井板の点検に関する留意事項として「天井板の損傷は吊り金具などの腐食・破損が最も心配される」との記載があり,平成17年9月付け「道路構造物点検要領(案)」にも同様の指摘がある。
保全チーム及び道路技術事務所等は,上記本件トンネルの構造から,天頂部アンカーボルトについて経年劣化等に起因して損傷が発生し,これによって天頂部アンカーボルトが天井板や隔壁板を支えるだけの強度を保てなくなれば,本件事故のような天井板が崩落する事故が起こること,天頂部ボルトについて特に入念な方法での点検が必要であることを認識できた。
b 本件トンネルの過去の改修状況及び調査状況
本件トンネルは,本件事故が発生した平成24年12月時点で,本体工事からは約36年9か月,天井板工事からは約35年2か月が経過していたが,天井板については,工事の完成時点から35年以上にわたり,大規模な改修工事や天頂部アンカーボルトの交換等が一切行われておらず,接着剤樹脂が施工後30年以上の長期にわたって何ら経年劣化を生じないことなどは社会通念上到底考えられないし,次の改修状況及び調査状況に鑑み,天頂部アンカーボルトの劣化を認識すべき事情があった。
(a) 平成12年6月以前
平成12年6月の緊急点検以前には,本件トンネルの天井板裏について,平成7年,平成8年,平成10年の詳細点検が行われているが,これらはいずれも覆工コンクリートを対象とする目視点検であり,天頂部アンカーボルトについては点検が実施されていない。
(b) 平成12年6月の緊急点検
本件点検の前に詳細点検が行われたのは,平成12年6月の緊急点検であったが,この緊急点検の結果,天頂部アンカーボルトの欠落(点検時点で抜けていたもの)又は脱落(点検を行った際に抜け落ちたもの)が3箇所(なお,平成24年9月の本件点検時には,新規発生箇所2箇所を加えた5箇所)にわたって確認されており,保全チーム及び道路技術事務所等は,経年劣化や引抜抵抗力ないし引抜強度(以下「引抜抵抗力」という。)の低下等によって脱落という現象が発生することを認識していた。
仮に,欠落・脱落の原因が明らかになっていなかったとしても,天井板を支える吊り金具を固定するという役割を果たす天頂部アンカーボルトについて欠落・脱落という異常事態が起きていた以上,被告らは,協議の上,速やかに原因を調査すべきであったし,上記不具合箇所について,何ら補修工事を実施しなかったのであるから,天頂部アンカーボルトが更に劣化していることを疑うべきであった。
(c) 平成13年の調査
被告Y1の前身である日本道路公団は,平成11年度(平成12年6月)に実施した本件トンネル下り線の覆工コンクリートに対する緊急点検の結果を踏まえ,平成12年度に,本件トンネル下り線の二次的調査及び検討を行い,更に,下り線で調査困難であった部位の材料強度を確認し,下り線の調査結果と合わせて検討を行うため,本件トンネル上り線についても,平成13年8月1日から同年12月20日までの間,G株式会社(以下「G」という。)に委託して,トンネル全長についての目視調査,隔壁板10箇所についてのシュミットハンマー試験,隔壁台・天井板受け台7箇所についての取付アンカーの引張試験(以下「引張試験」という。)等の調査を行った。
同調査の結果,目視調査については,施工不良と思われるボルトの緩みが数多く発見され,CT鋼の設置不良と思われる覆工との隙間や天頂部アンカーボルトの定着不足も確認されたこと等,引張試験については,L断面で安全率3倍を見込んだ設計値を下回ったが,安全率の範囲であり短期的な工事であれば天井板内での作業について問題はないこと等の所見が示された。また,今後の調査計画として施工不良箇所の数量調査を行うこととされ,提案として覆工コンクリートの変状対策,荷重軽減策とともに天頂部アンカーボルトに関する施工不良の改善が挙げられており,施工不良の改善の具体的内容の一つとして,天井板及び隔壁板のボルトの緩みを改善させることが示されていた。
しかし,その後,本件点検に至るまで,天頂部アンカーボルトについて,何ら施工不良箇所の数量調査又は施工不良を改善させるための補修工事は行われていなかった。
(d) 平成21年の笹子トンネルリフレッシュ計画
被告Y1は,平成20年3月には本件トンネルの天井板上の近接目視点検を行う計画を,平成21年に「笹子トンネルリフレッシュ計画」として本件トンネルの天井板を撤去すること等を内容とする計画を,平成24年6月には,天井板の上に足場を組んで天井板吊り金具について触手又は近接目視により点検する計画を立てていた。
それらの計画を立てる際,保全チーム及び道路技術事務所等は,過去に本件トンネル上り線の天井板設備の改修工事を行ったことがないことや,過去の本件トンネル内のトンネル設備の点検状況等を示す資料に接し,本件トンネル上り線の天井板の諸設備が老朽化し,天頂部アンカーボルトを含む固定箇所の劣化が進行しているであろうことを把握していた。
被告Y1は,検討業務の中で天井板の撤去を検討した際,天井板の撤去方法の検討等のため,被告Y2に委託して,天井板の上部に上って天井板や隔壁板の取付け構造の確認を行っており,その際,天井板上部のアンカーボルトの確認も行っていたから,保全チーム及び道路技術事務所等は,天頂部ボルトの劣化状況を把握することが可能であった。
(e) 東日本大震災発生後の対応
本件事故発生の約1年9か月前の平成23年3月11日には,東日本大震災が発生し,本件トンネル付近でも震度4を観測していた。
このような大震災が発生したことにより,天井板アンカーボルト付近に損傷や劣化等の不具合が生じている可能性があったが,何ら緊急点検は行われていなかった。
c 他のトンネルの天井板の改修等の状況
(a) 被告Y1の前身である日本道路公団は,本件トンネルと同じく天井板の構造を有する小仏トンネルについて,供用開始後約33年ないし35年が経過した平成13年と平成15年に天井板を撤去した。
また,被告Y1と同時に設立されたH株式会社では,平成17年10月の民営化後,15箇所のトンネルにおいて天井板を撤去していた。
これらは,天井板の固定・支持金具等の老朽化・劣化が進み,天井板が落下する危険が存在していたため,その対応として行われたものである。
(b) H株式会社が管理する関門トンネルにおいて,平成19年6月に天井板の金属製部材の一部が垂れ下がる事故が発生し,これを受けて,平成20年に,老朽化対策として,関門トンネルの天井板の大規模なリフレッシュ工事が実施され,この中で,既設の天井板・金具類の撤去等を内容とする天井板の補修・更新が行われていた。
d 接着系アンカーボルトに関する知見
日本建築学会が平成22年に改定した「各種合成構造設計指針・同解説」や同学会が昭和56年9月に発表した学術講演梗概集では,接着系アンカーボルトに対する引張荷重が長時間連続的に作用する場合の耐力は静的に作用する荷重(一時的なものでその後ゼロになる荷重)に対する最大耐力に比べて明らかに低下し,静的荷重に対する耐力の50パーセント以上の荷重が作用すると最終的に抜け出してしまう旨が指摘されている。
上記「各種合成構造設計指針・同解説」や日本建築学会関東支部が昭和56年に発表した実験研究では,接着系アンカーボルトに対して多数回繰り返し作用する荷重が長期強度に与える影響について,200万回引張疲労耐力は,静的耐力の約65パーセントである旨が指摘されている。
更に,上記「各種合成構造設計指針・同解説」には,経年によるアンカーボルトの耐力の低下については,その調査検討に長期間を要するため,関連資料は特に十分ではない旨,ポリエステル系アンカーボルトの耐力について埋設から10年経ったものが新設のものに比べて74パーセントに低下したが,その後6年経過したものの耐力低下はわずかであったとする資料が報告されている旨の記載がある。
したがって,接着系アンカーボルトの耐力が持続荷重,繰返し荷重,経年劣化によって低下することは,昭和56年ないし平成22年の時点で,一般的知見となっていた。
e 同種事故の存在
(a)アメリカ合衆国では,2006年(平成18年)7月10日にマサチューセッツ州のテッド・ウィリアムズ・トンネルにおいて,吊り天井式の天井板が崩落して,走行中の車両1台が押しつぶされ,乗車していた夫婦が死傷するという同種事故が発生している。
機構は,平成20年4月に「欧州の有料道路制度等に関する調査報告書」を作成し,被告Y1を含む各高速道路会社に送付したが,同報告書には,上記事故がビッグディック崩落事故として報告され,国家運輸安全委員会が事故原因に関して,エポキシアンカーが下方に変位したこと,トンネル開業時から事故発生までトンネルを点検した記録がないこと等の問題があった旨を発表したことが報告されている。
また,アメリカの連邦道路庁は,ビッグディック崩落事故後,エポキシ樹脂以外の接着系アンカーについても,新規事業には使用しないこと,既存構造物については厳密な定期点検の体制を確立することを強く推奨すること等を内容とする技術的勧告を発出しており,保全チーム及び道路技術事務所等は,必要な調査を尽くすことで,この内容を確認することができた。
(b) 加えて,国内では,平成11年6月27日に山陽新幹線の福岡トンネルでコンクリート塊が崩落する事故が,同年10月9日に山陽新幹線の北九州トンネルでトンネル側面のコンクリートが崩落する事故が,同年11月28日に北海道のJR室蘭本線礼文浜トンネルでコンクリート塊が崩落する事故が相次いで発生したことを受けて,平成11年12月10日に開会された衆議院運輸委員会において,専門家を交えてトンネルの保守の現状,点検の問題点等が議論された。
同委員会において,目視点検の問題点や,トンネル構造物についての点検の重要性,トンネル構造物が今後崩落する可能性があること等が議論されていたのであり,トンネル設備の詳細点検業務に携わる保全チーム及び道路技術事務所等としても,これらの問題点を認識すべきであった。
f 本件点検時に行うべき天頂部アンカーボルトの点検方法(点検要領等の記載内容及び解釈)
(a) 近接目視及び打音点検が必要であること
点検要領等では,詳細点検時の点検方法として,実際に天頂部アンカーボルトに接近しての近接目視及び天頂部アンカーボルトの全数について打音点検(アンカーボルトの出しろ部分をハンマー等でたたく)を行うことが要求されていた。
点検要領等の規定によれば,本件トンネルの天頂部アンカーボルトの詳細点検の実施頻度は5年に1回である。
他の高速道路会社における平成12年以降の定期点検の頻度は,概ね5年に1回以上の頻度であり,本件トンネルについて他のトンネルと比べて点検頻度の規律を緩和する事情も存在しないのであるから,本件トンネルの天井板上部については,5年に1度の頻度で詳細点検を行うべきであったのであり,それにもかかわらず,平成12年6月以降,12年以上にわたって詳細点検が実施されていなかったことからすれば,本件点検時に不具合箇所をより確実に発見できるような点検方法を採るべきであった。
(b) 触診が必要であること
詳細点検の目的は,構造物の健全性の把握及び安全な道路交通の確保や第三者に対する被害を未然に防止するため,構造物個々の状況を細部にわたって把握することにあるが,そのためには,近接目視及び打音点検だけでは足りず,触診を行うべきである。
本件点検時の天井板に関する評価・判定の基準は,平成18年4月付け保全点検要領が準用されており,被告Y2は,本件点検に当たり,天頂部アンカーボルトについて独自の判定基準を定めている。この判定基準において,天頂部アンカーボルトの著しい腐食,断面欠損の有無等が内容となっているところ,これらの判定を行うには目視や打音点検だけでは不十分であり,実際に天頂部アンカーボルトに触って確認をする必要があるから,被告Y2が設定した判定基準は,触診が行われることを当然の前提にしている。
g 上記諸事情によれば,本件点検時,近接目視,打音点検及び触診の全てを用いた方法による点検を行うべきであった。
(ウ) 近接目視,打音点検及び触診による点検を行っていれば,本件事故の発生を予見することが可能であったこと
a 打音点検によって把握できたこと
(a) 調査委員会の報告書によれば,経験のある点検員が打音点検をした場合,明らかに抵抗機能が喪失しているか,引抜抵抗力が5.0kN(重量に換算すると約0.51トン)程度以下で,かつ荷重変位曲線(引張試験により得られる荷重-伸び曲線,応力-歪み曲線等)のピークがさほど明確でない状態となっている場合には,不具合を発見することが可能であった。
(b) 本件事故後の緊急点検において,打音点検が行われた結果,天頂部アンカーボルト1万1613箇所中,1004箇所について「点検ハンマーでたたいた際に変状を感じる」として緩みが発見されていることから,上記(a)の状態に至っていないボルトであっても,緩み等の変状が生じていること自体は発見可能であった。
(c) 近接目視及び触診による点検は,ボルトの不具合を発見する上で有用な点検方法であるから,本件点検が行われた平成24年9月時点において,近接目視・触診による点検を行っていれば,ボルト,ナットの緩みを含む崩落区間の天頂部アンカーボルトの不具合状況を発見することが可能であった。
b 本件事故発生時点の崩落区間の天頂部アンカーボルトの状況
(a) 崩落区間前後の天頂部アンカーボルトの状況からの推認
Ⅰ)本件事故後の緊急点検により,本件トンネル上り線の崩落区間以外の箇所の天頂部アンカーボルト1万1613箇所のうち8パーセントに当たる1028箇所について,欠落・脱落・緩み・腐食による断面欠損等の不具合が発見された。特に,崩落区間に隣接し,最も不具合が多く分布していた82.52キロポストから82.46キロポストまでの60メートルの区間では,160本のうち31パーセントに当たる50箇所で不具合が発生していた。
Ⅱ)L型断面(東京側)のうち,崩落区間前後及び4500番から4600番ボルト付近では,引抜抵抗力が12.2kN未満と判定されたCランクボルトが多く分布し,これらの区間ではCランクボルトが一定区間ごとに50パーセントの確率で出現し,平均的な引抜抵抗力も設計荷重である12.2kNとほぼ等しかった。
Ⅲ)調査委員会が行った引張試験(引抜抵抗力試験)の結果によれば,対象となった185本の天頂部アンカーボルトのうちCランクボルトは16本,試験を行う前に引き抜けたものは2本であり,このうち,明らかに抵抗機能を喪失していたものが少なくとも6本,引抜抵抗力が5.0kN程度以下で,かつ荷重変位曲線のピークがさほど明確でない状態となっていたものが少なくとも3本あった。
Ⅳ)現に本件事故が発生している以上,本件事故発生時の崩落区間の天頂部アンカーボルトの状況は,崩落区間以外の状況より悪化していたことが確実であるから,崩落区間の天頂部アンカーボルトのうち,欠落・脱落・緩み・腐食による断面欠損等の不具合があったものが31パーセントを超え,このうちCランクボルトに分類されるものが50パーセント以上存在し,その半数以上は,明らかに抵抗機能が喪失していたか,引抜抵抗力が5.0kN程度以下で,かつ荷重変位曲線のピークがさほど明確でない状態となっていたと推認できる。
(b) 崩落区間東側の一定区間の天頂部アンカーボルトの状況からの推認
Ⅰ)本件事故後に行われた緊急点検の結果によれば,崩落区間の東側に隣接する「東1」(パネル番号1から42まで)の区間に存在する天頂部ボルトのうち,走行車線で67本中32パーセントに当たる22箇所にボルトの緩みが,7パーセントに当たる5箇所にナットの緩みが存在し,追越車線で64本中25パーセントに当たる16箇所にボルトの緩み,1パーセントに当たる1箇所にナットの緩みが発見された。
Ⅱ)この区間のうち,以下の箇所では,CT鋼1枚当たり16本の天頂部アンカーボルトのうち半数近くに,相当数連続して緩みが存在した。
① パネル番号20番から25番までの区間
走行車線・追越車線で合計8箇所。このうち走行車線で6箇所のボルトが連続
② パネル番号25番から29番までの区間
走行車線で7箇所のボルトが連続
③ パネル番号35番から40番までの区間
走行車線・追越車線で合計9箇所。このうち追越車線で6箇所のボルトが連続
Ⅲ)現に本件事故が発生している以上,本件事故発生時の崩落区間の天頂部アンカーボルトの状況は,崩落区間以外の状況より悪化していたことが確実であるから,崩落区間の天頂部アンカーボルトのうち,ボルトの緩みのあるものが走行車線で32パーセント,追越車線で25パーセントを超え,ナットの緩みのあるものが走行車線で7パーセント,追越車線で1パーセントを超え,CT鋼1枚当たり16本の天頂部アンカーボルトのうち半数近くに相当数連続して緩みが存在する箇所が存在したものと推認できる。
(c) 本件事故が発生している事実自体からの推認
本件事故が発生していること自体から,崩落区間中,本件事故の直接の要因となった11番目から13番目のCT鋼等の一定区間の天頂部アンカーボルトが,垂直方向にかかる荷重を支えられない状態であったことが明らかであり,同区間のCT鋼1枚当たり16本の天頂部アンカーボルトのすべてが引抜抵抗力を喪失していたか,引抜抵抗力が5.0kN程度以下で,かつ荷重変位曲線のピークがさほど明確でない等の引抜抵抗力を喪失しているのに極めて近い状態であったといえる。
c 平成24年9月時点の崩落区間の天頂部アンカーボルトの状況
(a) 調査委員会の報告書によれば,本件事故の発生のメカニズムは,設計施工段階の接着剤の引抜抵抗力の不足に加え,完成後約35年の間に経年の荷重作用や材料の劣化によって引抜抵抗力の低下・喪失が徐々に進行していった結果,一つ又は複数のCT鋼において,天頂部アンカーボルトが全体として天井板及び隔壁板を支えるだけの強度を失い,本件事故が発生したというものである。したがって,完成後35年の間に徐々に進行していた引抜抵抗力の低下・喪失の状況は,本件事故発生時点と,その約2か月半前に行われた本件点検時点とで大差ないものである。
(b) そうすると,本件点検が行われた平成24年9月当時の崩落区間の天頂部アンカーボルトについて,①不具合があったものが31パーセントを超え,このうちCランクボルトに分類されるものが50パーセント以上存在し,その半数以上は,明らかに抵抗機能が喪失していたか,引抜抵抗力が5.0kN程度以下で,かつ荷重変位曲線のピークがさほど明確でない状態となっていたこと,②ボルトの緩みのあるものが走行車線で32パーセント,追越車線で25パーセントを超え,ナットの緩みのあるものが走行車線で7パーセント,追越車線で1パーセントを超え,CT鋼1枚当たり16本の天頂部アンカーボルトのうち半数近くに相当数連続してボルトの緩みがある箇所が存在していたこと,③一定区間のCT鋼1枚当たり16本の天頂部アンカーボルトの全てが引抜抵抗力を喪失していたか,引抜抵抗力が5.0kN程度以下で,かつ荷重変位曲線のピークがさほど明確でない等の引抜抵抗力を喪失しているのに極めて近い状態であったことがいえる。
d 天頂部アンカーボルトの不具合を確認していれば,本件事故の発生を予見することが可能であったこと
(a) 天頂部アンカーボルトの引抜抵抗力の把握と本件事故の予見可能性
上記のとおり,平成24年9月の本件点検時に打音点検を行っていれば,崩落区間について,抵抗機能を喪失している状態となっている天頂部アンカーボルトを含め,多数の変状が発生していること,更に,一定区間について,CT鋼1枚当たり16本の天頂部アンカーボルトのうち全てが引抜抵抗力を喪失しているか,引抜抵抗力が5.0kN程度以下で,かつ荷重変位曲線のピークがさほど明確でない等の引抜抵抗力を喪失しているのに極めて近い状態であったことを確認できた。
そして,保全チーム及び道路技術事務所等は,本件トンネルが,天井板,隔壁板等の重量によって垂直方向にかかる荷重をCT鋼1枚当たり16本の天頂部アンカーボルトで支える構造であることを把握していたのであるから,16本の天頂部アンカーボルトの全てが引抜抵抗力を喪失しているか,これに極めて近い状態であれば,これによって天井板や隔壁板を支えるだけの強度を維持できなくなり,本件事故のように天井板が崩落する事故が発生することを予見することができた。
(b) 天頂部アンカーボルトの緩み等の変状の把握と引抜抵抗力
平成24年9月の本件点検時に近接目視・触診による点検を行っていれば,打音点検と相俟って,崩落区間について,全数の31パーセントを超える天頂部ボルトに不具合があったこと,ボルト又はナットの緩みが相当数あり,CT鋼1枚当たり16本の天頂部アンカーボルトのうち,半数近くに相当数連続して緩みが存在する箇所があることを確認することができた。
このような事態は,トンネル構造物としては極めて異常な事態であり,天頂部アンカーボルトの緩みがあるということは,本件トンネルで使用されている接着系アンカーボルトと覆工コンクリートとの固定方法からして,天頂部アンカーボルトと覆工を固定する接着剤が十分に充填されていない,接着剤の強度が弱くなっている等の不具合が発生していることの表れにほかならず,具体的な程度までは点検員が判断できないとしても,天頂部アンカーボルトの引抜抵抗力が低下していることを示すものである。
(c) したがって,保全チーム及び道路技術事務所等は,上記のような変状が集中的に,かつ極めて異常な数量で発生していれば,天頂部アンカーボルトが引抜抵抗力の低下・喪失により天井板や隔壁板を支えるだけの強度を維持できなくなり,本件事故のような天井板が崩落する事故が発生することを予見することができた。
本件事故後に本件トンネルと同様の吊り型方式の天井を有する59トンネルで実施された緊急点検の結果,天頂部アンカーボルトに不具合が生じていたトンネルの数は6トンネルにすぎず,この6トンネルについても1トンネル当たりの不具合の個数はわずか1ないし7箇所であることからも,本件トンネルの状況の異常性が明らかである。
(エ) 小括
以上のとおり,保全チーム及び道路技術事務所等は,本件点検時に近接目視・打音・触診による方法で本件点検を実施すべきであったのであり,これを実施すれば,本件事故の発生を予見可能であったのであるから,本件事故の発生を予見すべき義務を怠った点で,予見義務違反も認められる。
ウ 結果回避義務違反
(ア) 被告Y1の役割(保全・サービス事業部の役割)
本件点検について,被告Y1内で,点検計画を立案し,この点検計画に基づき被告Y2が作成した点検実施計画の審査をし,また,本件点検実施後に,被告Y2から点検箇所の評価・判定結果の報告を受ける部署は,被告Y1八王子支社の保全チームである。
そして,評価・判定結果の報告を受けた保全チームは,速やかな対策が望ましい箇所については,必要に応じて調査・応急対策を実施し,また,それ以外の箇所についても,必要に応じて補修計画の立案を行った上で,補修・補強工事を実施する役割を担っており,本件点検に関する評価・判定結果の報告を受けた後,速やかに調査・応急対策を実施したり,補修計画を立案した上で,補修・補強工事を実施する役割を担っていた。
(イ) 被告Y2の役割(道路技術事務所等の役割)
本件点検について,被告Y1が立案した点検計画に基づいて点検実施計画を作成し,また,本件点検を実施し,点検箇所の評価・判定を行う部署は,被告Y2の道路技術事務所等である。
そして,道路技術事務所等は,被告Y1において適切な調査・応急対策や補修工事等が可能となるようにすべく,上記評価・判定の結果,速やかな対策が望ましい箇所については,被告Y1の監督員等に評価・判定結果を報告し,それ以外の箇所についても,被告Y1の監督員等に評価・判定結果を報告する役割を担っていた。
(ウ) 保全チームの結果回避義務違反の具体的な内容
保全チームは,天頂部アンカーボルトの状況を認識・把握することが可能であった以上,被告Y1が担っていた天井板の補修・補強工事の実施に関する役割に照らし,本件点検の実施後速やかに,被告Y1自ら,又は被告Y2に委託するなどして,本件トンネルの天頂部アンカーボルトの状況に応じて,①調査・応急対策(例えば,L型鋼を用いた補強アンカーの取付け等)の実施,②補修・補強工事の実施,③天井板の撤去工事等の抜本的な対策工事のいずれかを実施することで,本件事故の発生を回避すべき義務を負っていた。
そして,被告Y1は,本件事故発生後,本件トンネルの天井板撤去工事を上下線ともわずか1か月程度の期間で完成させていること,調査・応急対策工事であれば更に短期間で実施することが可能であったといえること,顕著な変状があればすぐに通行止めをして緊急点検を行うことが可能であることから,上記のような措置を行うことは時間的にも可能であり,保全チームには,結果回避可能性も認められる。
しかるに,保全チームは,本件点検の実施後,何ら上記のような措置を講じなかったのであるから,結果回避義務違反があったといえる。
(エ) 道路技術事務所等の結果回避義務違反の具体的な内容
道路技術事務所等は,上記のような被告Y2が担っていた役割に照らし,本件点検実施後速やかに,社内基準に基づき,AA(損傷変状が著しく,機能面からみて速やかに補修が必要である旨)の評価を含む適切な評価・判定を行い,同結果を被告Y1に報告することにより,本件事故の発生を回避すべき義務を負っていた。
しかるに,被告Y2の被用者は,本件点検実施後,AAの評価を含む適切な評価・判定を行わず,同結果を被告Y1に報告しなかった点で,結果回避義務違反があったといえる。
エ 因果関係
本件事故が,設計に関わる事項,材料・製品に関わる事項,施工に関わる事項,点検方法・点検実施態勢に関わる事項が複合的に関与したものであり,本件事故の発生に至る科学的メカニズムが特定されていなかったとしても,少なくとも,本件事故に時間的に近接する本件点検時に被告らが協議により決定した点検方法・点検実施態勢が適切なものであったならば,天頂部アンカーボルトの不具合や引抜抵抗力の喪失という事実を発見し得たというべきである。
そうすると,道路技術事務所等が,その結果回避義務を怠ることなく,適切な評価・判定結果を被告Y1に報告していれば,被告Y1において,本件トンネルの天頂部ボルトの状況に応じた対策を採る契機となり得たし,保全チームが,その結果回避義務を怠ることなく,①調査・応急対策の実施,②補修・補強工事の実施,③天井板の撤去工事等の抜本的な対策工事のいずれかを実施していれば,これにより本件事故は起こり得なかった。したがって,保全チーム及び道路技術事務所等の過失行為と本件事故との間に因果関係があることは明らかである。
オ まとめ
以上のとおり,被告Y1の被用者である保全チームには,本件点検をあるべき方法で行っていれば本件事故を予見できたのであるから,本件点検の実施後速やかに,本件トンネルの天頂部ボルトの状況に応じて,①調査・応急対策の実施,②補修・補強工事の実施,③天井板の撤去工事等の抜本的な対策工事のいずれかを実施することで,本件事故の発生を回避すべき義務を負っていたのにこれを怠り,何らこれらの措置を採らなかった過失により,本件事故を発生させたものであるから,いずれも不法行為責任を免れず,その使用者である被告Y1は,被告Y1における事業の執行について行われた上記不法行為につき,民法715条1項に基づき,本件事故により生じた損害を賠償する責任を負うというべきである。
また,被告Y2の被用者である道路技術事務所等についても,本件点検をあるべき方法で行っていれば本件事故を予見できたのであるから,本件点検の実施後速やかに,AAの評価を含む適切な評価・判定を行い,同結果を被告Y1に報告することで,本件事故の発生を回避すべき義務を負っていたのにこれを怠り,本件点検の実施後,AAの評価を含む評価・判定を行わず,同結果を被告Y1に報告しなかった過失により,本件事故を発生させたものであるから,いずれも不法行為責任を免れず,その使用者である被告Y2は,被告Y2における業務の執行について行われた上記不法行為につき,民法715条1項に基づき,本件事故により生じた損害を賠償する責任を負うといわなければならない。
(被告Y1の主張)
ア 総論
本件事故の発生の経緯として推定される崩落のメカニズムや,本件事故の発生に関連すると考えられる複数の要因のうち設計,材料・製品及び施工に関わる事項については,事故調査委員会の調査によって初めて判明したもので,本件事故の発生前には知る由もなかったのであるから,被告Y1の被用者である保全チームには本件事故発生の予見可能性はなかったし,結果回避義務違反もなかった。
過失責任の成立には具体的な結果発生及び因果関係の進行についての予見可能性が必要であるが,原告らは,「相当数」,「集中的」などの抽象的な概念を主張するのみで,どのような変状・不具合がどの程度に至っていれば天井板崩落の危険性があり,これに対処すべき事態となるのか具体的に主張しておらず,予見可能性,結果回避義務違反の主張として不十分である。
イ 予見可能性について
(ア) 本件点検の点検方法が点検要領に即したものであったこと
具体的な過失の有無は,点検要領等の遵守,不遵守と全く一致するものではない。
仮に点検要領を遵守できていなかった場合でも,それだけで直ちに過失があったということはできず,結果に対する具体的な予見可能性と結果回避義務が検討されなければならないが,他方,点検要領等を遵守していた場合には,予見義務と結果回避義務を尽くしたことが強く推認されるという関係にある。
そして,本件点検の点検方法は,次のとおり,点検要領に即したものであり,被告Y1の被用者である保全チームは予見義務と結果回避義務を尽くした。
a 天井板の点検においては,詳細点検においても目視による点検が基本とされているのであって,点検対象範囲の全てにわたって打音点検による点検をすることは定められていないし,求められてもいない。目視により異常が認められない場合にも必ず打音点検をしなければならないとすると,これを繰り返すうちに構造物を損傷してしまう可能性があり,不合理である。
b トンネル天井板の上部の詳細点検は,「安全な交通又は第三者に対し支障となるおそれのある箇所」以外の箇所として10年に1回が標準とされ,適宜点検頻度を設定して行うものとされていたのであるから,本件点検の時期は点検要領に格別違反しない。
c 平成24年4月付けの「保全点検要領 構造物編」における近接目視の意義は,構造物に接近又は双眼鏡にて目視により点検する方法と定義されており,双眼鏡による方法がこれに含まれることは明らかである。そして,本件点検において点検員が使用した双眼鏡は倍率8倍であり,対象物を十分に拡大して見ることができた。
なお,近接目視の意義については,本件事故後の平成26年6月に,国土交通省が策定した道路トンネル定期点検要領において,肉眼により行うことを想定している旨の内容に変更された。
(イ) 本件点検において目視,打音点検及び触診が行われたとしても本件事故の発生を予見することはできなかったこと
a 天頂部アンカーボルトの設計強度が得られている限り,ボルト鋼材の降伏や定着部コンクリートのコーン破壊がボルトの引き抜けに先行するはずであるが,本件事故の原因となった天頂部アンカーボルトは,降伏等より先に引き抜けが生じたものであり,その多くが設計強度を有していなかった。このような事実は本件事故後の調査によって判明したものであり,本件事故当時,保全チームは全く認識していなかった。
b 近接目視,打音点検及び触診による近接点検は,機能を喪失したボルトを発見する上では有効であるが,これによっても,機能を喪失するに至らない引抜抵抗力の低下を正確に把握することはできない。
打音の機械計測結果によっても,抵抗機能を喪失しているボルトでは1次固有振動数及び最大音圧時の周波数が他の結果に比べて低い傾向が見られるとされる一方,引抜抵抗力が12.2kN未満でも抵抗機能を有するボルトと引抜抵抗力が40kN以上のボルトとでは,違いを見出せなかったとされており,打音点検では,抵抗機能を喪失しているボルトを判別し得る可能性はあるが,抵抗機能を喪失していないボルトについては引抜抵抗力の大小は全く分からないことが明らかにされている。
c 本件事故の崩落区間の天頂部アンカーボルトに機能を喪失したものがあったか否か,あったとしてその本数や分布状況は不明である。
原告らは,引抜抵抗力を喪失しているか,引抜抵抗力が5.0kN程度以下で,かつ荷重変位曲線のピークがさほど明確でないボルトについては,これを打音点検で判別できると主張するが,経験ある点検員でも,十分な引抜抵抗力を持つボルトについてその全員が不良と判定することがあるため,不良の判定は,引抜抵抗力をほぼ喪失したものが含まれている可能性があることを意味するにすぎない。
CT鋼1枚当たり16本の天頂部アンカーボルトのうち一部に引抜抵抗力を喪失したものがあったとしても,他の天頂部アンカーボルトの引抜抵抗力によっては天井板が崩落しないこともあり得るし,他方,全部が一定の引抜抵抗力を有していても16本を合計した引抜抵抗力によっては天井板が崩落することもあり得るなど,崩落区間のボルトの引抜抵抗力については様々な組み合わせがあり得る。また,全数について打音点検をしても,必ずしも機能を喪失した天頂部アンカーボルトの変状に気づくことができたとはいえないし,仮に,それを発見したとしても,その本数がよほど多数に上らない限り,天井板が崩落する可能性があるとして速やかな調査・応急対策が必要であることにはならない。
d なお,これまでの点検方法では,打音点検を実施する場合でも,目視で明らかに他のものと違っているボルトに対してのみ実施することになるが,ボルトの機能喪失は外見からは判明しないことが多いので,本件点検において打音点検を実施していたとしても,打音点検の対象となるべき天頂部アンカーボルトを特定することができないので,天頂部アンカーボルトの引抜抵抗力の喪失は判明しなかった。
(ウ) 平成24年9月時点の天頂部アンカーボルトの状況についての主張が誤りであること
原告らは,本件事故後の緊急点検の結果について,82.52キロポストから82.46キロポストまでの60メートル区間での不具合箇所の割合が31パーセントであること,崩落区間前後及び4500番から4600番ボルト付近では単位区間当たり50パーセントの割合でCランクボルトが出現したことから,崩落区間の天頂部ボルトのうち不具合箇所が31パーセントを超え,そのうちCランクボルトが50パーセントを超えると主張するが,原告らが指摘する82.52キロポストから82.46キロポストまでの区間と,引張試験においてCランクボルトの出現率が50パーセントであった区間とは異なるのであるから,本件事故後の緊急点検において確認された不具合の割合と接着剤の引抜抵抗力との間に有意な関連性はなく,原告らの主張は都合のよい数字を切り貼りした根拠のない空論に過ぎない。
ウ 結果回避義務違反について
本件点検で何らかの変状を発見したとしても,現に天井板の上に複数人の点検担当者が存在しても天井板は崩落しないのであるから,直ちに車両の通行を阻止した上で緊急工事を実施するほかないという判断が導かれることにならない。そうすると,より正確な状況把握をし,その点検の結果から原因,対策案を考案して対応策を策定し,予算措置を講じ,施工業者の手配をした上,時間的余裕をもって利用者に本件トンネルが一定期間通行できなくなることを告知し,その後に実際の工事を行うという手順を採るしかないが,これらの手順を完了するには少なくとも数か月の時間がかかり,本件事故の発生までにこれを完了することは到底できなかったから,保全チームには結果回避可能性がなかった。
エ まとめ
以上のとおり,被告Y1の被用者である保全チームには,本件事故の発生について予見可能性も結果回避義務違反もないから,本件事故の発生について過失はない。
(被告Y2の主張)
ア 本件点検に係る経緯
(ア) 計画変更の経緯
被告Y2は,被告Y1が発出する「実施計画書及び見積書提出依頼」に添付されている「業務概要書」に基づき,実施計画書を作成し,その後,被告Y1八王子支社から,第三者被害が想定される箇所の安全確認作業の強化及び点検完了時期を早めることを求められたため,実施計画書の内容を一部変更し,平成24年10月31日付け保全点検業務変更契約書(第1回)を締結した。
(イ) 変更後の点検方法
天頂部アンカーボルトについては,当初の計画書では「簡易足場を用いて触手又は近接目視点検を実施する」とされていたところ,変更実施計画書では,「天井板上を徒歩にて目視及び打診により実施する」こととされた。
平成24年4月付け「保全点検要領 構造物編」では,近接目視の定義について「構造物の状況について可能な限り検査路や足場などを利用して,構造物に接近又は双眼鏡にて目視により点検する方法」と記載されており,変更実施計画書により被告Y2が行った点検方法は,これに従ったものである。
点検の際は,天頂部アンカーボルトについて,目視により点検し,曲がっている等明らかに他の区間と違っているものを見つけた場合に打音で確認するという方法で点検を実施した。
アンカーボルトの打音により判別できるのはナットの緩みやアンカーボルトの極度の定着不良などであり,ケミカルアンカーの健全性について打音で判別することはできない。
(ウ) 詳細点検の頻度
点検要領等は,詳細点検の頻度について,「安全な交通又は第三者に対し支障となるおそれのある箇所」は5年に1回,それ以外の箇所は10年に1回を標準とし,適宜点検頻度を設定することとしており,天井板自体が崩落することは想定されておらず,天井板上部は後者に当たるから,平成12年6月の緊急点検の後に,平成24年9月に詳細点検を行ったことは点検要領に違反しない。
(エ) 本件点検の実施及び結果
被告Y2は,平成24年9月,被告Y1との契約に基づき,本件トンネルの天井板裏において,点検要領等に従った近接目視による本件点検を6日間,のべ42人の人員で行い,その中で,上り線天頂部アンカーボルト約1万2000本を,下り車線のみ平成12年度に実施した臨時点検時に残されたチョークによる記録も確認しながら点検した。
その結果,上記天頂部アンカーボルトのうち,4本の欠落が発見されたが,これらはいずれも本件事故区間外であった。また,本件点検において,緊急補修の必要がある場合(AA)と判定された不具合はなかった。
(オ) 報告等
被告Y2は,本件点検を行った後,平成24年10月中旬,被告Y1に対し,点検を実施したこと及び緊急補修の必要がある場合(AA)であると判定された不具合はなかったことを報告した。
その後,被告らの間で,完了届の提出,完了検査,認定書の交付及び受渡書の提出が行われ,契約が終了した。
イ 予見可能性について
(ア) 本件点検時に近接目視,打音点検及び触診による点検を行うべき事情はなかったこと
a 笹子トンネルの構造
仮に,道路技術事務所等に本件トンネルの設計資料の内容を認識している者がいたとしても,構造物のどの部位が天井板の荷重をどの程度負担するかという具体的な荷重負担の状況についてまで詳細に把握していたとはいえない。
b 本件トンネルの状況
本件事故までに行われた本件トンネルの点検において,「緊急補修の必要がある場合(AA)」に当たると判定された不具合はなく,本件トンネルは全体的に老朽化していたものではない。
多数のアンカーボルトのうちわずか2本が欠落又は脱落していたという事実のみから,接着系アンカーボルトが経年劣化や引抜抵抗力の低下等によって脱落することを認識していたとはいえない。
平成12年6月の緊急点検後に補修工事を実施しなかったのもこのためである。
「笹子トンネルリフレッシュ計画」時に天井板や隔壁板の取付構造等の確認を実施したのは,換気方式の変更を含めた設備の更新の必要性を検討するためであり,これに附随して天井板の撤去を検討したものの,その目的は,天井板や隔壁板等の構造物の保全管理のためにその劣化状況を把握するためではなかったから,土木技術事務所において,天井板設備が緊急補修の必要があるほど劣化しているといった認識を有していたことはない。
c 他のトンネルの天井板の改修等の状況
小仏トンネルは,本件トンネルと同様の構造の天井板を有していたものではなく,また,H株式会社が15箇所のトンネルにおいて天井板を撤去したのは,換気方式の変更に伴うものであって老朽化や劣化を理由とするものではない。
関門トンネルは,供用開始から平成20年の補修・更新までの間に約50年が経過しており,海底トンネルであることに加え,構造物の状況,海水の漏水等の環境条件,使用条件等の点で本件トンネルと異なっているから,本件トンネルにおいても同様に天井板の補修・更新が必要であったということにはならない。
d 接着系アンカーボルトの強度に関する知見
特定のポリエステル系の接着系アンカーボルトについて,静的荷重に対する耐力の50パーセント以上の荷重が作用すると最終的にアンカーボルトが抜けてしまうという実験結果によっても,L型断面における天頂部アンカーボルトの設計強度は,天頂部アンカーボルト1本当たりに生じる荷重の2倍を優に超えていたのであるから,設計強度が十分に保たれていれば,長時間連続的に引張荷重が作用したからといって天頂部アンカーボルトが脱落するという結論に至ることはない。
点検要領等の記載は,吊り金具の腐食・破損について言及したものであり,接着系アンカーボルトに異常が発生するおそれを指摘したものではない。
そもそも,接着剤樹脂の長期耐久性については,現段階においても十分な知見があるとはいえず,道路技術事務所等が本件事故以前に接着系アンカーボルトの経年劣化を認識することは不可能であった。
e 同種事故の存在について
被告Y2の被用者は,被告Y1から「欧州の有料道路制度等に関する調査報告書」を受領していない。
そもそも,テッド・ウィリアムズ・トンネルと本件トンネルとは,供用開始から事故までの期間(テッド・ウィリアムズ・トンネルでは3年5か月,本件トンネルでは34年11か月),構造(テッド・ウィリアムズ・トンネルでは長期引張荷重に対する耐久性が乏しいエポキシ樹脂,本件トンネルでは不飽和ポリエステル樹脂の接着剤を使用)が異なる上,テッド・ウィリアムズ・トンネルでは事故区間以外にも接着系ボルトが目に見えるほどの変位が生じた状態で止まっていた事象が多数観察されているなど,本件トンネルとは事故原因が異なると考えられるから,テッド・ウィリアムズ・トンネルにおける事故と本件事故とは「同種事故」ではない。
また,原告らが挙げる鉄道でのコンクリート剥落事故はいずれもコンクリート塊が剥離して崩落したという事故であり,コンクリートに打設された金具等の接着部周りの不具合により構造物が崩落したという本件事故とはそのメカニズム及び対象において全く異なる。
f 本件点検時に行うべき点検方法について
詳細点検において,近接目視と並んで打音点検及び触診を行うことは点検要領上要求されていない。
引抜抵抗力に経年劣化が生じ得ることは本件事故後の調査によって反映したものであり,判定基準においては,機能面からの損傷変状,腐食の程度についても,点検要領等に定められた近接目視(構造物に接近又は双眼鏡にて目視により点検する方法)により判定することが可能であることが前提とされていたのである。この点は,天頂部アンカーボルトの破損,欠落の程度,腐食の程度についても同様である。
また,近接目視は点検要領等に定義されており,双眼鏡にて目視により点検する方法も平成24年4月付け「保全点検要領 構造物編」における近接目視に含まれることは明らかである。
したがって,本件点検において,足場を用いて近接目視,打音点検及び触診の全ての方法を用いた近接点検を行う必要があったとはいえない。
そして,点検要領等には,詳細点検の頻度について,「安全な交通又は第三者に対し支障となるおそれのある箇所」は5年に1回と記載されているほか,それ以外の箇所は10年に1回を標準とし,適宜点検頻度を設定する旨記載されている。天井板自体が崩落することは想定されておらず,天井板上部が「安全な交通又は第三者に対し支障となるおそれのある箇所」に当たるとは考えられていなかった。
これらの点検要領等の記載は,被告Y1の前身である日本道路公団が,平成13年当時の建設省,運輸省及び農林水産省により設置された土木コンクリート構造物耐久性検討委員会の見解などを踏まえ,同年及び平成15年8月に改訂したものが引き継がれているものであるから,当時の道路トンネル維持管理便覧と異なる頻度が設定されているのは,平成5年に同便覧が策定された後の技術的知見や技術常識の進歩が反映された結果であり,被告Y1が点検頻度を特別に緩和したものではない。
したがって,平成12年6月の緊急点検の後に,平成24年9月に詳細点検を行ったことは点検要領に違反しない。
(イ) 近接目視,打音点検及び触診を行っていたとしても,本件事故の発生を防止することはできなかったこと
a 平成24年9月当時の天頂部アンカーボルトの状況
本件事故後の緊急点検は通常の点検とその趣旨,目的及び方法において全く異なるものであり,わずかな変状についても緩み等として計上されているから,この結果から平成24年9月当時の天頂部アンカーボルトの状況を推認することはできない。
そして,事故調査委員会の観察結果によれば,本件事故後の天頂部覆工コンクリートのコアサンプリング観察により判明した削孔長及び埋込み長,脱落区間の天頂部アンカーボルトのボルト孔をCCDカメラにより観察して判明した定着長のいずれも,天井板の崩落区間と非崩落区間(L型断面)との間に有意な差異はみられなかったとされていることからすれば,崩落区間の天頂部アンカーボルトに,非崩落区間以上に多数の不具合が発生していたなどとはいえない。
また,本件事故は,事故の起点となったCT鋼を支持していた天頂部アンカーボルトが何らかの理由により引抜抵抗力を失ったことにより当該CT鋼が支持力を失い,これにより当該CT鋼に支えられていた荷重が全て隣り合う天井板・隔壁板にかかることにより次々に伝播し,その結果,約140メートルにわたり天井板が崩落したものであることからすれば,事故の起点となったCT鋼を支持していた天頂部アンカーボルトについては格別,崩落区間の他のアンカーボルトについては,本件事故発生時点において連鎖的に生じた甚大な垂直方向への荷重が崩落の直接の原因となっている可能性が高いのであるから,本件事故発生前において,これらの天頂部アンカーボルト自体が,事故の起点となったCT鋼を支持していた天頂部アンカーボルトと同様に引抜抵抗力を喪失していたとはいえない。
b 打音点検によって本件事故を防止することはできなかったこと
アンカーボルトの打音により判別できるのはナットの緩み及びアンカーボルトの極度の定着不良であり,ケミカルアンカーの健全性について打音で判別することはできない。
本件事故後の緊急点検において「点検ハンマーでたたいた際に変状を感じる」とされたものは,わずかな変状についても緩み等として計上したものであり,引抜抵抗力の喪失と同義ではないし,事故調査委員会が行った打音点検の結果,最大荷重が低く,かつ荷重変位曲線のピークが明瞭でない天頂部アンカーボルトについて,点検員が全員不良と判定していたというのみでは,直ちに当該アンカーボルトの引抜抵抗力について正確な判断をしたということにはならない。
更に,事故調査委員会が行った引抜抵抗力試験及び打音試験の結果,Cランクと判定された天頂部アンカーボルト等があったことについては,単に試験の対象になった天頂部アンカーボルトのうちにそのような判定がされたものが存在していたということを意味するにすぎない。
c 近接目視・触診によって本件事故を防止することはできなかったこと
対象物に接近しての目視及び触診による点検は有用な点検方法ではあるが,事故の起点となったCT鋼を支持していたもの以外の天頂部アンカーボルトについては,本件事故発生時点において連鎖的に生じた甚大な垂直方向への引張力が崩落の直接の原因となっている可能性が高く,本件事故発生前において,これらの天頂部アンカーボルト自体が,事故の起点となったCT鋼を支持していた天頂部アンカーボルトと同様に引抜抵抗力を喪失していたとはいえないから,近接しての目視及び触診によって不具合を発見することができたとはいえない。
ウ 本件点検と本件事故に因果関係がないこと
事故調査委員会の詳細な調査・検証によっても,本件事故の直接の原因が特定されていないのであり,本件点検と本件事故の発生との間に因果関係はない。
エ まとめ
以上のとおり,被告Y2は,本件点検時,点検要領等に基づいた妥当な詳細点検を行った上,その点検結果についても判定基準に基づき評価をし,被告Y1に報告したものである。
本件事故の原因は特定されていないこと,本件事故以前の点検において「緊急補修の必要がある場合(AA)」と判定された不具合はなかったこと,たとえ天頂部アンカーボルトの全数について打音点検等をしても,崩落の危険性を認識できたとはいえないことからすると,平成24年9月当時,天井板の崩落を予見することはできなかったのであり,被告Y2の被用者である道路技術事務所等には,本件事故について予見可能性も結果回避義務違反もないから,過失はない。
(2) 原告らの損害
ア A関係
(原告X1ら)
(ア) Aの損害
a 墓所購入費用・墓石工事費用及び仏壇購入費用
原告X1らは,本件事故後,Aの生前の希望を考慮して,富士山が見える場所にある鎌倉霊園の墓所(永代使用権)を購入し,Aの墓石を建立したほか,Aのために仏壇を購入した。その金額は,永代使用料等360万6930円,墓石工事費用505万3650円,仏壇購入費用89万6000円の合計955万6580円である。
b 逸失利益その1(給与)
Aは,専門学校を卒業後,アルバイト勤務等を経て,本件事故当時は,I株式会社(以下「I」という。)に契約社員として勤務していた。
平成24年度の給与の合計は427万9866円であり,このうち本給が250万5600円,付加給が93万7466円であり,本給に対する付加給の割合は37.38パーセントであった。
Iは,年齢及び在籍年数に応じて,固定額の給与が増額する給与体系を採用しており,契約社員の就業規則上の雇用期間は1年間であったが,Aは,入社後4回契約期間が更新されており,期限の定めのない雇用契約と同視される状態にあった。
したがって,Aは,定年である60歳まで,更に,高年齢者雇用安定法による定年の引き上げ又は雇用継続制度の導入により65歳まで,Iで勤務を継続し,また,66歳及び67歳の時点においても,65歳当時の年収額と同等の収入を得られる蓋然性があり,この場合に得られる蓋然性のあった収入額は,別紙「亡A平均給与計算書」のとおりである。
上記計算に基づき,28歳から67歳までの年収の平均額542万1975円を基礎収入とし,女性の生活費控除率0.3を1から控除した0.7と39年に対応するライプニッツ係数17.017を乗じると,Aの給与に係る逸失利益は6458万6024円である。
c 逸失利益その2(退職金)
Aは,本件事故時,Iで4年3か月勤務を継続し,定年退職時点まで勤務を継続する蓋然性があったから,定年の60歳まで勤務を継続した場合の退職金の支払額は,869万2500円であるところ,本件事故後に退職金16万円の支払を受けた。したがって,退職金額869万2500円に32年に対応するライプニッツ係数0.2098を乗じ,支払を受けた退職金額16万円を控除すると,Aの退職金差額は166万3686円である。
d 慰謝料
被害者らが突如として生命を奪われたこと,被害者らに何ら落ち度がないこと,被害状況が凄惨であること,被告らの過失責任が重大であること等に鑑みると,6000万円が相当である。
e 物損
本件事故によって,Aが身につけていた衣服等(以下「所持品」という。)の時価38万円相当が焼損し,損害額の立証は困難であり,民訴法248条の趣旨から,少なくとも上記金額を物損として認めるべきである。
f 小計
以上のAの損害賠償額は1億3618万6290円であり,原告X1らの相続分は各6809万3145円である。
(イ) 固有の損害
被害者らが突如として生命を奪われたこと,被害者らに何ら落ち度がないこと,被害状況が凄惨であること,被告らの過失責任が重大であることに加え,原告X1らの心情に鑑みると,原告X1らが被った精神的損害に対する慰謝料額は,各2000万円が相当である。
(ウ) 弁護士費用 各880万円
(エ) 合計
以上によると,原告X1らが有する損害賠償請求権の金額は,各9689万3145円である。
(被告Y1の主張)
(ア) Aの損害
a 墓所購入費用・墓石工事費用及び仏壇購入費用
仏壇購入費用及び墓碑建立費について因果関係が認められる範囲は,葬儀費用関係費用と併せて150万円ないし250万円を超えるものではない。
被告Y1は,原告X1らに対し,Aの葬儀費用及び法要関係費用として849万5741円(香典返し及び法要の返礼品のための費用として支払った302万2179円を除く。)を既に支払っていることから,上記各費用は本件事故との間に相当因果関係が認められず,被告Y1が賠償すべきものではない。
b 逸失利益その1(給与)
Aの基礎収入額としては,賃金センサス女性,高専・短大卒の全年齢平均年収額381万2100円を用いるべきである。
c 逸失利益その2(退職金)
AのIにおける契約更新限度である60歳まで30年以上を残しており,この時まで勤務を継続する蓋然性があったとはいえず,退職金差額は逸失利益と認められない。また,この時までIで勤務したとしても,原告X1らが主張する金額の退職金の支払を受けることができたとはいえない。
d 慰謝料
慰謝料額は,一般の交通事故について用いられている基準に基づいて算定されるべきであり,本人分のみで6000万円は著しく高額である。
e 物損
請求金額38万円の2割ないし3割に相当する損害が発生していることは否定しない。
(イ) 固有の損害
上記のとおり,原告X1ら固有の慰謝料として各2000万円というのは高額に失する。
(ウ) 弁護士費用
争う。
(被告Y2の主張)
不知ないし争う。
イ B関係
(原告X3らの主張)
(ア) Bの損害
a 逸失利益(給与)
Bは,大学を卒業後,株式会社J(以下「J」という。)に入社し,勤務していた。
平成24年度の年収額は,源泉徴収票の414万1721円に同年12月分の賞与61万6275円及び給与32万3442円を加えた508万1438円であった。
Bは,平成25,26年は平成24年の年収程度,平成27年(30歳)以降就労可能年齢である67歳までは平成24年度賃金センサス男性,大学・大学院卒の平均年収程度の年収を得られる蓋然性があり,この場合の収入額は別紙「亡B平均給与計算書」のとおりである。
そうすると,上記計算に基づき,28歳から67歳までの平均年収額686万9309円を基礎収入とし,独身男性の生活費控除率0.5を1から控除した0.5を乗じ,40年に対応するライプニッツ係数17.1591を乗じると,逸失利益は5893万5580円である。
b 慰謝料
原告X1らの主張と同様の理由によりBの慰謝料としては6000万円が相当である。
c 物損
本件事故によって,Bの所持品の時価31万9400円相当が焼損したが,民訴法248条の趣旨により,少なくとも上記金額を物損として認めるべきである。
d 小計
以上の合計額は1億1925万4980円であり,原告X3らの相続分は各5962万7490円である。
(イ) 固有の損害
原告X1らの主張と同様の理由により慰謝料額は,各2000万円が相当である。
(ウ) 弁護士費用 各790万円
(エ) 合計
以上によると,原告X3らが有する損害賠償請求権の金額は,各8752万7490円である。
(被告Y1の主張)
(ア) Bの損害
a 逸失利益(給与)
Bの基礎収入額としては,賃金センサス男性,大学・大学院卒の全年齢平均年収額648万1600円を用いるべきである。
b 慰謝料
上記同様,慰謝料額が本人分のみで6000万円である旨の主張は,高額に失する。
c 物損
請求金額31万9400円の2割ないし3割に相当する損害が発生していることは否定しない。
(イ) 固有の損害
上記同様,原告X3ら固有の慰謝料として各2000万円は高額に失する。
(ウ) 弁護士費用
争う。
(被告Y2の主張)
不知ないし争う。
ウ C関係
(原告X5らの主張)
(ア) Cの損害
a 逸失利益その1(給与)
Cは,大学を卒業後,K株式会社(以下「K」という。)に入社し,勤務していたが,平成24年度の年収額は,源泉徴収票上の金額である396万0853円に平成24年12月分の賞与21万8274円及び給与41万8617円を加えた459万7744円であり,就労可能年齢である67歳までの40年間,平成24年度賃金センサス男性,大学・大学院卒の平均年収程度の年収を得られる蓋然性があった。したがって,平成24年度賃金センサス男性,大学・大学院卒の全年齢平均である648万1600円を基礎収入とし,独身男性の生活費控除率0.5を1から控除した0.5と40年に対応するライプニッツ係数17.1591を乗じると,Cの給与に係る逸失利益は5560万9211円である。
b 逸失利益その2(退職金)
Cは,本件事故時,Kで5年8か月勤務を継続しており,定年退職時点まで勤務を継続する蓋然性があり,定年である60歳まで勤務を継続した場合の退職金の支払額は583万7800円であったところ,本件事故後,同社から退職金98万7275円の支払があった。したがって,退職金額583万7800円に33年に対応するライプニッツ係数0.1998を乗じ,支払を受けた退職金額98万7275円を控除すると,Cの退職金差額に係る逸失利益は17万9117円である。
c 慰謝料
上記原告らの主張と同様の理由により6000万円が相当である。
d 物損
本件事故によって,Cの所持品相当額38万3170円が焼損したが,民訴法248条の趣旨から,少なくとも上記金額を物損として認めるべきである。
e 小計
以上の合計額は1億1617万1498円であり,原告X5らの相続分は各5808万5749円である。
(イ) 固有の損害
上記原告らと同様の理由により慰謝料額は,各2000万円が相当である。
(ウ) 弁護士費用
原告X5らは本件損害賠償請求を原告ら代理人に委任したが,これに要する費用のうち,各780万円は本件と相当因果関係を有する損害である。
(エ) 合計
以上によると,原告X5らが有する損害賠償請求権の金額は,各8588万5749円である。
(被告Y1の主張)
(ア) Cの損害
a 逸失利益その1(給与)
認める。
b 逸失利益その2(退職金)
定年まで30年以上を残しており,定年まで勤務した場合の退職金と支払われた退職金との差額は逸失利益と認められない。
c 慰謝料
上記同様,慰謝料額が本人分のみで6000万円である旨の主張は,高額に失する。
d 物損
請求金額38万3170円の2割ないし3割に相当する損害が発生していることは否定しない。
(イ) 固有の損害
上記同様,固有の慰謝料として各2000万円は高額に失する。
(ウ) 弁護士費用
争う。
(被告Y2の主張)
不知ないし争う。
エ D関係
(原告X7らの主張)
(ア) Dの損害
a 逸失利益その1(給与)
Dは,大学院を卒業後,L株式会社(以下「L」という。)にて勤務し,平成24年度の年収は423万4328円であり,このうち本給が257万9100円,付加給が101万0932円であり,本給に対する付加給の割合は,39.18パーセントであったところ,Lは,給与規程において,基本給及び職能給に関して年1回の定期昇給を定めていた。したがって,Dは,定年である60歳まで,更に,高年齢者雇用安定法による定年の引き上げ又は雇用継続制度の導入により65歳まで,Lで勤務を継続し,給与規程に従って増額した給与を得られるほか,66歳及び67歳の時点においても同等の収入を得られる蓋然性があった。この場合に得られる蓋然性のあった収入額は,別紙「亡D平均給与計算書」のとおりである。
上記計算に基づき,28歳から67歳までの年収の平均額629万7910円を基礎収入とし,女性の生活費控除率0.3を1から控除した0.7と39年に対応するライプニッツ係数17.0170を乗じると,Dの給与に係る逸失利益は7502万0074円である。
b 逸失利益その2(退職金)
Dは,大学院卒業後すぐにLに就職し,本件事故時も1年9か月勤務を継続していたから,勤務先との結びつきが強く,定年退職時点まで勤務を継続する蓋然性があった。そして,Dが定年の60歳まで勤務を継続した場合の退職金の支払額は,1200万円であるところ,Dの死後に退職金8万3000円の支払を受けたから,退職金額1200万円に32年に対応するライプニッツ係数0.2098を乗じ,支払を受けた退職金額8万3000円を控除すると,Dの退職金差額に係る逸失利益は243万4600円である。
c 慰謝料
上記原告らと同様の理由により6000万円が相当である。
d 物損
本件事故によって,Dの所持品時価19万1680円相当が焼損したから,民訴法248条の趣旨から,少なくとも上記金額を物損として認めるべきである。
e 小計
以上によると,Dが有する損害賠償請求額は1億3764万6354円であるから,原告X7らの相続分は各6882万3177円である。
(イ) 固有の損害
上記原告らと同様の理由により各2000万円が相当である。
(ウ) 弁護士費用 各880万円
(エ) 合計
以上によると,原告X7らが有する損害賠償請求権の金額は,各9762万3177円である。
(被告Y1の主張)
(ア) Dの損害
a 逸失利益その1(給与)
Dの基礎収入額としては,賃金センサス女性,大学・大学院卒の全年齢平均年収額443万4600円を用いるべきである。
b 逸失利益その2(退職金)
定年まで30年以上を残しており,定年まで勤務した場合の退職金と実際に支払われた退職金との差額は逸失利益と認められない。
c 慰謝料
上記のとおり本人分のみで6000万円は高額に失する。
d 物損
請求金額19万1680円の2割ないし3割に相当する損害が発生していることは否定しない。
(イ) 固有の損害
上記のとおり,原告X7ら固有の慰謝料として各2000万円は高額に失する。
(ウ) 弁護士費用
争う。
(被告Y2の主張)
不知ないし争う。
オ E関係
(原告X9らの主張)
(ア) Eの損害
a 逸失利益(給与)
Eは,大学を卒業後,M株式会社(以下「M」という。)に勤務し,平成24年度の年収額は,源泉徴収票の345万3037円に平成24年12月分の賞与11万5000円及び給与28万7428円を加えた385万5465円であり,就労可能年齢である67歳までは平成24年度賃金センサス男性,大学・大学院卒全年齢平均程度の年収を得られる蓋然性があった。そうすると,平成24年度賃金センサス男性,大学・大学院卒全年齢平均の収入額である648万1600円を基礎収入とし,独身男性の生活費控除率0.5を1から控除した0.5と40年に対応するライプニッツ係数17.1591を乗じると,Eの給与に係る逸失利益は5560万9211円である。
b 慰謝料
上記原告らの主張と同様の理由により6000万円が相当である。
c 物損
本件事故によって,Eの所持品時価6万1680円相当が焼損したが,民訴法248条の趣旨から,少なくとも上記金額を物損として認めるべきである。
d 小計
以上によると,Eの損害賠償請求額は1億1567万0891円であり,相続分は各5783万5445円である。
(イ) 固有の損害
他の原告らと同様の理由により,原告X9らが被った精神的損害に対する慰謝料額は各2000万円が相当である。
(ウ) 弁護士費用 各770万円
(エ) 合計
以上によると,原告X9らが有する損害賠償請求権の金額は,各8553万5445円である。
(被告Y1の主張)
(ア) Eの損害
a 逸失利益(給与)
認める。
b 慰謝料
上記のとおり本人分のみで6000万円は高額に失する。
c 物損
請求金額6万1680円の2割ないし3割に相当する損害が発生していることは否定しない。
(イ) 固有の損害
上記のとおり,原告X9ら固有の慰謝料として各2000万円は高額に失する。
(ウ) 弁護士費用
争う。
(被告Y2の主張)
不知ないし争う。
カ 原告X11及び原告X12
(第2事件原告らの主張)
(ア) 慰謝料
原告X11及び原告X12は,民法711条が規定する「被害者の父母,配偶者及び子」には該当しないが,原告X11及び原告X12とAとは,小さい頃から仲の良い姉妹として生活をしてきたものであり,Aの死亡により甚大な精神的苦痛を受けたものである。
原告X11及び原告X12が被った精神的苦痛に対する慰謝料額は,各1000万円が相当である。
(イ) 弁護士費用 各100万円
(ウ) 合計
以上によると,原告X11及び原告X12が有する損害賠償請求権の金額は,各1100万円である。
(被告Y1の主張)
上記慰謝料額は高額に失する。
(被告Y2の主張)
不知ないし争う。
第3 争点に対する判断
1 認定事実
前提事実と証拠(甲2,4,6,8,10,13ないし37,82ないし97,114ないし119,乙A1,2ないし18,19の1ないし6,20の1・2,21ないし26,乙B1ないし10,11の1・2,12の1ないし3,13ないし15,証人N及び証人Oの各証言)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる(なお,適宜,認定事実の末尾に証拠を摘示することがある。)。
(1) 天井板の構造及び設計荷重
ア 本件トンネルは,昭和51年2月にトンネル本体工事が,昭和52年9月に天井板工事がそれぞれ完成し,平成24年12月2日の本件事故発生時までに35年間以上が経過していたものであり,その構造は,別紙2の断面図及び側面図と別紙3の天井板構造図のとおりである。すなわち,天井板の両端を受け台と受け台アンカーボルトで固定し,その中央部分をトンネル天頂部のCT鋼に1.2メートル間隔の吊り金具で固定し,その吊り金具は,長さ6メートルのCT鋼1枚に接続され,同CT鋼は16本のアンカーボルトによって天頂部の覆工コンクリートに固定されていた。このアンカーボルトは,アンカー筋の凹凸部とコンクリート母材孔壁の隙間を樹脂製の接着剤で充填して硬化させることによってボルトと覆工コンクリートを固定するケミカルアンカー(接着系アンカー)であった。このアンカーボルトで天頂部に固定されたCT鋼1枚につき,奥行き1.2メートルの隔壁板4枚が吊り金具によって直接固定され,同様に隔壁板2枚が隣接するCT鋼にまたがる形態で接続された。その結果,各CT鋼は相互に隣接する隔壁板により接続されて一体的な構造になっていた。本件事故の起きたL型断面の天井板上部から天頂部までの高さはL型断面において5.37メートルである。〔前提事実(2)イ,甲15〕
イ 設計上,16本の天頂部アンカーボルトがCT鋼1枚にかかる荷重を均等に分担することが仮定され,板自重,風圧,作業荷重等を考慮したアンカーボルト1本当たりの作用荷重は,S型断面において6.6kN,M型断面において7.4kN,L型断面において12.2kN(重量に換算すると1.24トン相当)と計算され(L型断面の隔壁1枚当たりの作用荷重は39.0kN),各種破壊に対する耐力及び安全率は,アンカー定着部コンクリートのコーン破壊に対するものが48.8kN(安全率4.00),アンカーボルトの引抜けに対するものが52.2kN(安全率4.27),アンカーボルトの降伏に対するものが38.4kN(安全率3.14)と計算されていたが,本件トンネルの天井板は,他に類を見ない重量板であり,かつ高所に設置されたものであるという特徴があった。〔甲15,乙A11の4-24〕。
ウ 本件トンネルの上り線について,建設当時の書類と本件事故後の状況を確認したところ,当初施工のアンカーボルトの補強・代替ボルトと推定されるものと,時期的に確認できない補修箇所218箇所の合計652箇所の補修箇所が確認された。すなわち,昭和51年9月当時,天井板を吊るCT鋼のアンカーボルトを補強するため,SNアンカーボルト(補強ボルト・ロックボルト)がCT鋼1枚当たり4本の割合で,偏荷重の想定される特殊区間の立坑交点部(81.85キロポストから81.98キロポストにかけての米沢川換気所下方の83.6メートル)及び国道20号線交差箇所(82.1キロポストから82.4キロポストにかけての314.0メートル)について地山へアンカーすることより,荷重の一部を地山に保持させようとした(本件事故現場及びその前後は未設置)。また,東側坑口部の30メートル及び東換気塔部71.6メートルと西側坑口96メートルのアーチ本体の鉄筋との接触する箇所については,アンカーボルトを直接設置できないため,いわゆる逃げアンカーを打ち,アングル(L型鋼)にて補強した(L型鋼によるアンカーボルトの代替)。中には,標準位置にボルトが欠落していたため,補充設置された補充ボルトもあった。〔乙A5〕
(2) 点検要領等の記載内容
ア 昭和58年6月「点検の手引(案)」日本道路公団(甲29)
(ア) 個々の構造物の状況を細部にわたって点検する検査として,「定期点検B」が定められ,その頻度は年1回とされている。
(イ) 天井板については,吊り金具などの腐食・破損が最も心配されるため,点検に当たってはトンネル内の保守作業などに併せて天井板の上部に登り,目視による確認をするなどの配慮が必要であるとされている。
(ウ) 判定の基準としては,天井板付属物の損傷として,AA(天井板の脱落に結びつく吊り金具,取付金具,又はボルトなどに破損,欠落又は著しい腐食があり,交通に支障となるおそれがある。),A(吊り金具,取付金具,又はボルトなどに破損,欠落又は著しい腐食があるが,天井板の脱落のおそれは少ない。),B(吊り金具,取付金具などの破損,腐食があるが,天井板の脱落のおそれはない。)の区分が示されている。
イ 平成13年4月「道路構造物点検要領(案)」日本道路公団(乙A10)
(ア) 個々の構造物の損傷状況を細部にわたって把握するために,近接目視及び打音を実施するとともに,補修計画などの立案も行う点検として「詳細点検」が定められている。併せて補修計画等の立案も行うものとされ,そのため,点検に当たって構造物の諸元及び他の点検結果や補修履歴などの状況も理解しておくことが必要であるとされている。
その頻度は,安全な交通又は第三者に支障となるおそれのある箇所は最大5年間隔,その他の箇所は最大10年間隔が原則とされている。
(イ) 近接目視は,構造物の状況を検査路や足場上から構造物に接近して目視により点検する方法とされ,必要に応じて簡易な機械,器具等を使用するものとされている。
(ウ) 打音点検は,所定のハンマーにより対象構造物を打音して,構造物の状況(剥離(うき),ボルトの緩み等)を把握する点検方法であり,近接目視の際に変状,損傷が認められる周辺や,補修されている周辺等は入念に行うものとされている。
ウ 平成15年8月「道路構造物点検要領(案)」日本道路公団(甲30)
(ア) 個々の構造物の損傷状況を細部にわたって把握するために,近接目視及び打音により行う点検として「詳細点検」が定められている。併せて補修計画等の立案も行うものとされ,そのため,上記同様,点検に当たって構造物諸元及び他の点検結果や補修履歴などの状況も理解しておくことが必要であるとされている。
その頻度は,安全な交通又は第三者に支障となるおそれのある箇所は5年に1回,その他の箇所は10年に1回が標準とされているが,過去の点検結果や構造物の状況,構造物の環境条件や使用条件等を勘案し,必要に応じて,適宜点検頻度を変更してもよいものとされている。
(イ) 近接目視は,構造物の状況を検査路や足場上から構造物に接近して目視により点検する方法とされ,必要に応じて簡易な機械,器具等を使用するものとされている。
(ウ) 打音点検は,所定のハンマーにより対象構造物を打音して,構造物の状況(剥離(うき),ボルトの緩み等)を把握する点検方法であり,近接目視の際に変状,損傷が認められる周辺や,補修されている周辺等は入念に行うものとされている。
(エ) 判定の標準については,天井板付属物の損傷として,AAに該当する区分はなく,A(吊り金具,取付金具,又はボルトなどに大きな破損,欠落又はその機能を維持していく上で影響が出るほどの著しい腐食がある場合),B(吊り金具,取付金具などの破損,腐食がある場合)の区分が示されている。
エ 平成17年9月「道路構造物点検要領(案)」日本道路公団(甲31)
(ア) 損傷メカニズムが比較的複雑な構造物を対象として,構造物の健全性を把握するために,近接目視・打音等により詳細な診断を行う点検として,「詳細点検」が定められており,構造物の特性,劣化機構を十分勘案し,高度な技術的知見をもって詳細な診断を行い,構造物の健全性を評価するとともに中長期的な状態を予測することが必要であるとされている。
その頻度は,安全な交通又は第三者に支障となるおそれのある箇所は5年に1回,その他の箇所は10年に1回が標準とされ,各支社局において,過去の点検結果や構造物の状況,環境条件,使用条件等を勘案し,適宜点検頻度を設定するものとされている。
(イ) 天井板については,吊り金具などの腐食・破損がもっとも心配されるため,点検に当たってはトンネル内の保守作業などに併せて天井板の上部に登り,目視による確認をするなどの配慮が必要である旨,点検の際は,天井板の固定状況及び天井板材料の劣化による車道への落下の危険性の有無を確認するとともに,天井板の外力変形や固定金具のせん断,ひび割れ等の発生の有無を確認する旨の記載がある。
(ウ) 判定の標準については,天井板付属物の損傷として,AAに該当する区分はなく,A(吊り金具,取付金具,又はボルトなどに大きな破損,欠落又はその機能を維持していく上で影響が出るほどの著しい腐食がある場合),B(吊り金具,取付金具などの破損,腐食がある場合)の区分が示されている。
オ 平成18年4月「保全点検要領」P株式会社,被告Y1,H株式会社(甲32)
(ア) 損傷メカニズムが比較的複雑な構造物を対象として,構造物の健全性を把握するために,近接目視・打音等により詳細な診断を行う点検として,「詳細点検」が定められており,構造物の特性,劣化機構を十分勘案し,高度な技術的知見をもって詳細な診断を行い,構造物の健全性を評価するとともに中長期的な状態を予測することが必要であるとされている。
その頻度は,点検種別ごとに過去の点検結果や構造物の状況,環境条件,使用条件等を勘案し,適宜点検頻度を設定するものとされ,詳細点検については,これまで実施してきた標準的な実績頻度を継続し,過去の点検結果や構造物の状況及びその周辺環境などの地域特性を勘案し,適宜点検間隔を変更して実施することができるものとされている。
(イ) 天井板については,吊り金具などの腐食・破損がもっとも心配されるため,点検に当たってはトンネル内の保守作業などに併せて天井板の上部に登り,目視による確認をするなどの配慮が必要である旨,点検の際は,天井板の固定状況及び天井板材料の劣化による車道への落下の危険性の有無を確認するとともに,天井板の外力変形や固定金具のせん断,ひび割れ等の発生の有無を確認する旨の記載がある。
(ウ) 判定の標準については,天井板付属物の損傷として,AAに該当する区分はなく,A(吊り金具,取付金具,又はボルトなどに大きな破損,欠落又はその機能を維持していく上で影響が出るほどの著しい腐食がある場合),B(吊り金具,取付金具などの破損,腐食がある場合)の区分が示されている。
カ 平成24年4月「保全点検要領 構造物編」被告Y1(甲33,87,乙A15)
(ア) 構造物を長期的に保持するための健全性の把握及び安全な道路交通の確保や第三者に対する被害を未然に防止するために,定期的に構造物の変状発生状況を把握し,その状態を評価・判定することを目的として行う点検として,「定期点検」が定められ,そのうち,構造物の個々の状況を細部にわたり定期的に把握するために行うものが「詳細点検」と区分されており,近接目視・打音のほか,構造物の設計・施工条件や使用・環境条件などを考慮し,必要に応じて非破壊検査機器などを活用することにより,構造物の状態を適切かつ効率的に把握するものとされている。
詳細点検の頻度は,安全な交通又は第三者に支障となるおそれのある箇所は5年に1回,その他の箇所は5年から10年に1回が標準とされ,各支社局において,過去の点検結果や構造物の状況,環境条件,使用条件等を勘案し,適宜点検頻度を設定するものとされている。
(イ) 近接目視は,構造物の状況について可能な限り検査路や足場などを利用して,構造物に接近又は双眼鏡にて目視により点検する方法と定義され,必要に応じて簡易な計測機械,器具等を使用するものとされている。
(ウ) 打音は,所定のハンマーにより対象構造物を打音して,構造物の状況(はくり(うき),ボルトの緩み等)を把握する点検方法と定義され,打音に当たっては,近接目視の際に変状,損傷が認められる周辺や補修されている周辺,トンネル覆工のクラウン部や目地部周辺,コンクリートの打継目周辺等は入念に行うものとされている。
(エ) トンネル天井板の点検業務の詳細については,個別で取り扱うものとされている。
(3) 点検計画の立案,実施及び補修に関する被告らの業務内容等
ア 被告Y1の八王子支社には,道路等の維持,修繕,改良,防災及び災害復旧に関する事務や,施工管理等の委託業務に関する事務所を所掌する保全・サービス事業部及びその事務の一部を処理する八王子,大月,甲府及び松本各保全・サービスセンターが置かれていたが,所属のメンバーはいずれもトンネルの補修等について技術的に高いレベルを兼ね備えた被用者であった。〔乙A12,24,証人Oの証言〕
イ 本件トンネルの点検の実施及び補修に当たっては,大月保全・サービスセンターにおいて点検計画を立案し(日常点検,基本点検,臨時点検,詳細点検等をどのように実施していくかを検討するものであり,点検計画の「資料」を作成するものではない。),調整の上で被告Y1八王子支社において点検全体計画を策定するものとされていた。その後,保全点検等業務契約の履行に係る業務を担当する保全チームは,八王子支社長の決裁を得て,被告Y2に対し,業務概要書その他必要な資料等を交付して点検実施計画書及び点検費用の見積書の提出を依頼し,被告Y2において,点検実施計画書を作成し,保全チームにおいてこれを審査するものとされ,その後,点検費用の額について合意ができると,八王子支社長名で被告Y2との間で保全点検等業務契約を締結するものとされていた。〔甲82,乙A12,24〕
ウ 締結された契約の内容を変更する際,金額に著しい変更が生じない場合は,保全チーム及び大月保全・サービスセンターが被告Y2と協議して点検方法を変更し,最後に清算をすることができるとされていた。〔乙A24〕
エ 被告Y2において点検を実施し,評価・判定の結果,速やかな対策が望ましい不具合については,保全チームにおいて改めて道路技術事務所等に指示し,状況調査を実施することになる。また,道路技術事務所等は,点検実施した結果,速やかな対策が望ましいものについては,被告Y1の監督員等に報告を行い,同監督員等の判断により,必要に応じ,工事会社等に依頼して,調査・応急対策を行うものとされていた。そして,調査・応急対策が済んだ場合又は速やかな対策が望ましいものが存在しない場合は,被告Y1において点検結果を確認し,被告Y2において点検結果の記録・管理を行うものとされていた。〔甲82,乙A24〕
オ 記録・整理された点検結果は,年間の点検結果として被告Y1に報告され,補修計画の立案に供されるか,次回の点検全体計画の策定に供されるものとされていた。〔甲82〕
(4) 天井板の崩落及びアンカーボルトの引抜強度に影響した可能性のある作用に係る知見等
ア 天井板の崩落に係る知見
平成18年7月10日,アメリカ合衆国マサチューセッツ州所在の州際道路上のテッド・ウィリアムズ・トンネルにおいて,天井板が崩落する事故が発生した。機構は,この事故の状況と原因の概要について資料収集を行い,ケミカルアンカーの性能が問題視されていたこと,天井部を接続するスチールターンバックルの本数に問題があること等に加え,「アンカーの引張試験」が適正に実施されていなかったことが事故の一因になっている旨,部品に問題があれば,取替を行うための定期的な維持管理作業計画が必要であるとの専門家の指摘がある旨などを内容とする調査結果を平成20年4月付け「欧州の有料道路制度等に関する調査報告書」に記載した。なお,上記トンネルの接着剤は「速硬型エポキシ樹脂」であり,以後,使用が禁止された。〔甲28,35〕
イ 接着系アンカーボルト等に関する知見〔甲88,93,乙A4,12ないし14,26〕
(ア) 持続荷重の影響
日本建築学会が平成22年に改定した各種合成構造設計指針・同解説(昭和60年初版,平成22年改訂版。乙A13)や同学会が昭和56年9月に発表した日本建築学会学術講演梗概集では,接着系アンカーボルトに対する引張荷重が長時間連続的に作用する場合の耐力は静的に作用する荷重(一時的なものでその後ゼロになる荷重)に対する最大耐力に比べて明らかに低下し,ポリエステル系の接着系アンカーボルト(本件トンネルの接着系アンカーボルトも「不飽和ポリエステル樹脂」である。)に関する実験によると,静的荷重に対する耐力の50パーセント以上の荷重が作用すると最終的に抜け出してしまう旨が指摘されていた。
(イ) 繰返し荷重の影響
上記指針・同解説及び昭和56年度日本建築学会関東支部研究報告集によると,接着系アンカーボルトに対して多数回繰り返し作用する荷重が長期強度に与える影響について,200万回引張疲労耐力は,静的耐力の約65パーセントである旨が指摘されている。
(ウ) 引張荷重及び持続荷重の影響
平成22年頃までに,初期強度との関係では,覆工コンクリートの強度,ひび割れ,削孔長に対する埋め込み深さの不足,攪拌不足や過剰攪拌が初期強度に影響を及ぼすこと,経年劣化との関係では,接着系アンカーボルトに引張荷重が長時間連続的に作用する場合の耐力や,荷重が多数回繰り返し作用する場合の耐力は,荷重が一時的に作用する場合の最大耐力に比べて明らかに低いことが明らかとなっていた。
(エ) 接着系アンカーボルトは,主として高温による著しい強度劣化をはじめ,その他の要因が無視できない接着剤が多く,この点を十分に考慮した対応が必要になる。
(オ) 日本建築あと施工アンカー協会の設計委員会作成の平成17年5月発行の「あと施工アンカー設計指針(案)・同解説」によると,引張力を受けた接着系アンカーボルトの破壊形式としては,破壊がコンクリートに起因するコーン状破壊,アンカー筋が破断する金属部分の破壊,コンクリートと接着剤の付着破壊の3種類に分類することができるところ,アンカー筋の埋込み長さが小さい場合には主にコーン破壊が先行し,アンカー筋が破断する破壊は埋込み長さが大きい場合であり,コンクリートと接着剤の破壊は,アンカー筋が抜け出して破壊に至るとされていた。
(カ) 道路トンネル維持管理便覧(平成5年初版第1刷発行。甲88)は,トンネルの点検の目的を,トンネルの現状を把握し,その安全性や機能性に悪影響を及ぼしている変状を早期に発見した上,応急の措置と対策及び調査の必要性の判定,更に合理的なトンネルの維持管理のための収集資料・蓄積を目的に実施するとしている。殊に変状は,進行性を伴うことが多く,日常の管理体制を整えておくことが重要であり,過去の変状箇所及び対策工事実施箇所等を継続して注意深く観察し,変状の進行や再発の有無を監視することも重要であること,蓄積された点検結果を分析することにより,維持管理面から見た設計・施工上の問題点や改善点が明らかとなること,そのためには,トンネル完成時点において台帳を整備し,建設時の資料の整理と保存を行い,供用後の維持管理の記録も加えてトンネルの状態を常に正確に記録しておくことが必要であることなどを定めている。
(5) 過去の維持管理状況等
ア 平成7年に本件トンネル上り線追越車線側,平成8年に本件トンネル下り線走行車線側,平成10年に本件トンネル上り線走行車線側について,それぞれ覆工コンクリートを主として天井板裏からの目視点検が行われたが,アンカーボルトの点検状況は不明であり,被告Y1には,アンカーボルトの点検に係る報告書その他の記録は保存されていない。〔甲26〕
イ 被告Y1の前身である日本道路公団は,Y2’株式会社(被告Y2の前身である。)に対し,頻発する鉄道や道路構造物での事故を踏まえ,平成12年6月5日から同月8日まで本件トンネル下り線について,同月12日から16日まで上り線について,本件トンネルの臨時点検を委託し,ダクト空間の近接目視及び打音点検を実施した。〔甲26,27,乙B7〕
その結果,上り線に限定した場合でも,天頂部のアンカーボルトについては,脱落2箇所,緩み(ナットの緩みを含む)213箇所,欠損1箇所,不良84箇所,腐食9箇所,変形1箇所,受け台のアンカーボルトについても,ナットなし1箇所,緩み184箇所,脱落2箇所,破損2箇所,不良39箇所,腐食63箇所,変形2箇所,吊り金具ボルトの脱落2箇所等が発見された。〔甲27,乙B9〕
なお,平成7年ないし平成10年の定期点検においてアンカーボルトの点検をしたか否かの資料は見当たらず,少なくとも平成12年よりも相当以前から天井板の上部について足場を使用してアンカーボルトの打音点検等を実施したことはなかった。〔甲26,証人Oの証言〕
ウ 日本道路公団は,平成12年の上記臨時点検で覆工コンクリートの腐食や損傷が多くの箇所について報告されたため,下り線の調査結果と合わせて天井板の安全性の検討を行い,今後永続的に使用する上での問題点を明らかにする目的で,平成13年8月1日から同年12月20日までの間,Gに委託して,本件トンネルの覆工コンクリート,天井板,隔壁板等の状況を調査し,劣化の進行性や補修位置の特定,安全性をチェックした。その中で,本件トンネル上り線のアンカーボルトの引張試験(隔壁板取付部に当たる天頂部4本,受け台取付部上側3本)を含む各種調査が実施された。同調査中,天頂部の隔壁板取付部及び天井板受け台のアンカーボルトなどをハンマーで打診した結果(乙A18の6頁),下り線同様に,数多くのボルトの締付け不良(ボルトの緩み)のほか,隔壁板上部取付けCT鋼と覆工コンクリートとの間に施工不良に起因すると思料される隙間が若干確認され,追越車線側吹出し口付近に容脱物を伴う開口亀裂が目立った。これらの一部について実施した引張試験によると,天頂部アンカーボルトの引抜抵抗力(抜け,破断に対する強度)は,S型断面で45.5kN,M型断面で27kN及び67.2kN,L型断面で25kNと測定され,L型断面で安全率3倍を見込んだ設計値(36.6kN)を下回るものであったが,安全率の範囲内であり,衝撃荷重や機械的振動のようなものを加えない限り,短期的な工事であれば天井板内の作業について構造的に問題がないこと,天頂部のアンカーボルトについては,鋼材の破断により終局耐力が決定しており,覆工コンクリートと鋼材の付着については良好であることなどが報告された。そして,今後は,運行止めを必要とする工事の際,最も腐食が激しい箇所で天井板を撤去して引張試験を実施し,上記結果と比較する必要があること,天井板及び隔壁板のボルトの緩みを改善する必要があること,CT鋼と覆工コンクリートとの隙間に無収縮モルタルを充填することなどが報告された。〔甲26,乙A18〕
エ 平成17年,前回点検から5年目となる定期点検が行われたが,天井板上面(アンカーボルト・吊り金具等)は対象外とされた。〔甲26,27〕
オ 平成20年,点検要領に基づく詳細点検が予定されていたが,対象部位を絞り込んだ臨時点検(アンカーボルト・吊り金具等は対象外)に変更され,天井板の点検は平成21年度に実施することとされた。〔甲26,27〕
カ 平成21年,被告Y1八王子支社大月保全・サービスセンター及び被告Y2は,「笹子トンネルリフレッシュ計画検討業務」において,トンネル換気設備が被告Y1の定める耐用年数35年に近づいていることから,換気方式の変更とそれに伴う天井板撤去を検討し,天井板や隔壁等の取付け状況を把握するとともに,覆工コンクリートについて,平成12年の点検報告書を基にひび割れや劣化の進行を比較した。その結果,ひび割れの密度に関する補修ランクとしては,全体的にひび割れが広い範囲で密集,浮きによりコンクリート片落下の危険性があり,材料劣化に関する補修ランクとしては,材料劣化によってコンクリート片が落下して通行車両の安全走行を損なうものとされた。殊に,既存資料では,ひび割れの密度及び材料劣化に関する補修ランクがAA(天井板吸気口上部の覆工コンクリートに浮き,漏水,遊離石灰がある箇所で吸気口から本線へ落下するおそれのある箇所)と判定された箇所が多く確認されているとされた。なお,この際の調査区間は西坑口から約1.8キロメートル区間で,本件事故現場及びその付近は含まれない。〔甲26,乙A11〕
キ 平成23年,「笹子トンネルリフレッシュ計画検討業務」について,天井板撤去を前提とする排煙方式から天井板撤去を前提としない排煙方式へ見直しを行った結果,平成24年度(本件点検)から定期点検を再開することとなった。〔甲26〕
(6) 本件点検の経緯,方法及び結果
ア 経緯
被告Y1は,平成24年5月30日,被告Y2に対し,本件点検に関する業務概要書(乙B1)を交付し,被告Y2は,平成24年6月27日,被告Y1に対し,本件点検に関する実施計画書(乙B2)を提出し,同日,本件点検を含む保全点検等業務契約(乙B3)が締結された。同実施計画書においては,笹子トンネル天井板は,全長にわたりトンネル点検者による近接目視(必要に応じて打音)を実施し,天井板裏については,主に天井板吊り金具について簡易足場を用いて触手又は近接目視点検を実施するものとされ,平成24年12月に実施予定であった。
しかし,本社の保全チームリーダー及び施設チームリーダーの連名で各支社の保全チームリーダー及び施設チームリーダー宛の平成24年7月20日付け本社事務連絡として「第三者被害が想定される道路構造物等に対する安全確認作業について」(甲27の10頁)が発出された。これには,大要,①道路構造物からの付属物,錆片等の落下する事象が頻発していることを受け,点検実施態勢を強化することにしたこと,②平成26年度から平成28年度にかけて予定されていた付属物点検を平成24年度及び平成25年度に行うものとし,対象箇所については,近接目視,打音点検,触診等による安全確認作業(付属物点検と構造物打音点検)を実施すること,③安全確認作業を行う際の留意点として,コンクリート片剥対策工事施工済み部分を含め,土木付属物・施設付属物の固定状況,錆,腐食等にも着目した確認を実施すること,④高所作業車,足場設置等により打音・触診による安全確認を確実に実施すること,⑤安全確認作業計画の策定については,緊急安全点検,詳細点検において,打音点検を実施していない箇所は最優先とすること,⑥新たな点検計画を同年8月24日までに策定して提出することなどが指摘されていた。
かような経過を辿り,上記事務連絡は土木技術事務所等にも提供され,保全チームと道路技術事務所等とは,平成24年7月下旬頃から協議を開始し,本件点検の方法,人員及び時期を変更して,天井板上部(裏)については天井板を徒歩にて懐中電灯で照らしながら1本1本のアンカーボルトを目視点検及び打診(打音点検)により,人員を延べ90人日から42人日に減じ,平成24年10月までに実施する旨の変更実施計画を策定し,被告Y2において,同年9月18日から同月21日までと,同年10月1日から同月3日までの間に,本件点検を実施した。
そして,本件点検完了後である平成24年10月17日に変更業務概要書(乙B4)が,同月中にこれを受けた変更実施計画書(乙B5)が正式に各交付・提出され,平成24年10月31日,第三者被害防止対策のための増員等による金額の増額と併せて,上記保全点検等業務契約に係る保全点検等業務変更契約(乙B6)が締結された。同変更実施計画書においては,全長にわたりトンネル点検者による近接目視(必要に応じて打音)を,天井板裏について,主に天井板吊り金具について,簡易足場を用いて触手又は近接目視点検を実施するものとされた。〔甲27,乙A24,証人O及び証人Nの各証言〕
イ 具体的な実施方法
天井板上のアンカーボルトについては,双眼鏡(倍率8倍)及び懐中電灯(光源から1メートル先で1万2000ルクス)を使用し,徒歩による目視点検を行った。打音点検は,目視による異常箇所のある部分であり,かつ足場を使用せずに手の届く範囲に限定したため,L型断面についていえば,天頂部のアンカーボルトの打音点検は,当初から打音点検の対象から除外されていたこととなる。
損傷の判定の標準には,平成18年4月「保全点検要領」の区分に加え,被告Y1の社内基準として,天井板アンカーボルト・ナットの脱落・緩みについて,AA(損傷変状が著しく,機能面から見て速やかに補修が必要である場合。),A1(支持部材のボルトが連続又は1本おきに脱落している場合),A2(支持部材のボルトに脱落がある場合),B(ナットの脱落がある。支持部材のボルト,ナットに緩みがある場合)の区分を,天井板アンカーボルト・ナットの腐食について,AA(損傷変状が著しく,機能面から見て速やかに補修が必要である場合),A1(著しい腐食,断面欠損が連続してみられる場合),A2(著しい腐食,断面欠損がみられる場合),B(腐食がみられる場合)の区分を設けていた。〔甲27,乙A7,17,乙B13,証人Oの証言〕
ウ 結果概要
本件トンネル上り線について,次のとおり不具合部分が確認され,各不具合は,天頂部アンカーボルトの脱落(欠落を含む。A2)5箇所(うち3本は平成12年に指摘されたものであるから,2本が新規の発生である。),アンカーボルトの緩み(B)20箇所,アンカーボルト腐食22箇所(うち「A1」8箇所,「A2」2箇所,「B」12箇所),吊り金具ボルトの脱落17箇所であり,下り線について,天頂部アンカーボルトの緩み(B)1箇所,アンカーボルト腐食7箇所(うち「A2」1箇所,「B」6箇所)であり,上記各括弧書きのとおり評価された。〔甲27,乙B13〕
(7) 本件事故現場の状況
本件事故後,本件事故現場の崩落した天井板等の状況を調査した結果は,次のとおりであった。〔乙A1〕
ア 23本のCT鋼及び天井板が崩落しており,隣り合うCT鋼の境界部の天井板の重なりをみると,東京側から12番目のCT鋼とその両隣のCT鋼との間で,12番目のものが下になっていた。
イ 抜けずに残った天頂部ボルトの変形,抜け落ちたボルトの孔内における傷の状況及び舗装の落下痕は,東京側から1番ないし12番目のCT鋼と13番目から23番目までのCT鋼との間で,その向きが逆転し,落下痕の深さや長さなどの傾向が変化していた。
ウ 同6番目から10番目まで,13番目から16番目まで,17番目から19番目までの各CT鋼は,2つのCT鋼にまたがって設置されている隔壁板のつなぎ目が乱れていないことから,ほぼ一連で連鎖落下したと推測された。
エ 落下区間のボルト孔の削孔長・埋込み長及びボルトの観察による定着長のいずれも,後記引抜抵抗力試験により引き抜けた落下区間以外のL型断面のボルトとの間で有意差はみられなかった。
(8) 本件事故後の緊急点検結果
ア 本件事故後,本件トンネル下り線については平成24年12月3日から同月7日まで,本件トンネル上り線(本件事故による落下区間を除く。)については同月13日から27日まで,緊急点検が実施された。〔甲19,20〕
同緊急点検では,天井板上部において,はしごを用いてアンカーボルト全数及びアンカーボルト周辺の覆工コンクリートの近接目視及び打音が行われた。〔甲20,34〕
イ 同緊急点検の結果,上り線の天頂部アンカーボルト1万1613箇所について,欠落が5箇所,脱落(人力による抜け)が3箇所,緩み(点検ハンマーでたたいた際に変状を感じるとされたもの)が1004箇所(ただし,過去の詳細点検では,近接目視点検を基本に,変状が認められる周辺など必要に応じて打音点検を実施したが,上記緊急点検では,全数打音点検を実施し,打音の際に僅かな変状,異音についても全て計上された。),腐食による断面欠損が16箇所で発見され(小計1028箇所),吊り金具ボルト4万8914箇所について欠落18箇所,脱落14箇所,破損・変形20箇所(小計52箇所),受け台ボルト1万4238箇所について欠落4箇所,脱落1箇所,破損・変形1箇所(小計6箇所),覆工コンクリートについてひび割れ125箇所が発見された。〔甲20〕
ウ 同緊急点検の結果に基づき,天頂部アンカーボルトの欠落・脱落,ボルトの緩み,腐食・錆による断面欠損の分布を60メートル間隔(10組のCT鋼が含まれ,160本のアンカーボルトが存在する。)で集計すると,最も集中していたのは本件崩落事故のあった53ないし55ブロックの東側に位置する56ブロック(82.52キロポストから82.46キロポストにかけての60メートル)であり,その数は50箇所(走行車線29箇所,追越車線21箇所)に及んだ。また,崩落区間の東側に隣接するパネル番号1から42までの区間のCT鋼8枚中,3枚については1枚のCT鋼に存在する16本のアンカーボルトのうち,7ないし9箇所に連続して緩みが見られた。具体的には,パネル番号20番から25番までに8箇所(走行車線で6箇所連続),パネル番号25番から29番までに走行車線で7箇所,パネル番号30番からパネル番号35番までに5箇所,35番から40番までに9箇所(追越車線で6箇所連続)にわたってアンカーボルトが緩んでいた。〔甲20,96,97,乙A20の1・2〕
(9) 他のトンネルの緊急点検の結果
国土交通省は,平成24年12月3日,本件事故を受けて,本件トンネルと同様の天井板を有するトンネルについて緊急点検を実施すべき旨の通達を発出し,平成24年12月17日までに,被告Y1に加え,P株式会社,H株式会社,Q株式会社及びR株式会社,国並びに都道府県・政令市・地方道路公社が管理する計60トンネルについて,天井板の吊り金具と固定金具等の近接目視と打音,触診による緊急点検が実施された。〔甲21,83〕
その結果,吊り金具定着部のボルトに異常があったのは,本件トンネル下り線において脱落2箇所,緩み608箇所,断面欠損22箇所の小計632箇所が発見されたもののほかには,都夫良野トンネルにおいてアンカーボルト欠落1本,神戸長田トンネル上り線においてアンカーボルト脱落1本,同下り線においてアンカーボルト脱落3本,欠落4本,東山トンネルにおいてナット欠落3本,新御坂トンネルにおいてボルトの緩み3本,愛宕トンネルにおいてボルトの欠落1本,緩み5本が発見されたのみであった。〔甲21〕
(10) 本件事故後の打音,引抜抵抗力試験の結果
ア 試験の概要
(ア) 本件事故後,本件トンネル上り線について,平成24年12月18日から同月30日までの間,接着系アンカーボルトの特性についてデータを収集し,本件事故との関わりや再発防止策等の検討に資する目的で,天頂部アンカーボルトについて打音試験及び引抜抵抗力試験が実施された。〔甲22,86,95,乙A25〕
(イ) 打音試験及び引抜抵抗力試験は,トンネル全体(上り線4417メートル)で試験中の安全性も考慮しておおよそ等間隔(約30メートル)で選択した141箇所(グループ)を対象とした当初試験と,落下区間の前後や当初試験で抵抗力の低い箇所等44箇所を対象とした追加試験の合計185箇所について行われ,打音試験(2箇所についてはセンサー付打音試験),外観目視及び触診確認の後,センターホールジャッキを用いて変位量を記録する方法で引抜抵抗力の測定を行い,その後,ボルト及び孔内を観察するという手順で実施された。なお,当初試験141箇所中2箇所については,手で引き抜けたため計測不能であった。〔甲22,86〕
イ 打音試験の結果
(ア) 打音試験の結果,3名の点検員の判定が一致したものが175箇所(95パーセント)であった。〔甲86,95〕
(イ) ダクト断面別にみると,不良がS型断面で4本(21.1パーセント),M型断面で26本(28.3パーセント),L型断面で23本(31.1パーセント)となり,L型断面及びM型断面で不良の割合が高くなった。〔甲95〕
(ウ) 引抜抵抗力試験の結果と照合すると,荷重変位曲線がフラットであり,明らかに抵抗機能が喪失している(引抜抵抗力が約5kNを下回る)ボルトについては,点検員全員が不良と判定していた一方で,強度が小さくても荷重変位曲線のピークが明瞭に見られるボルト等では,良と判定される傾向にあった。〔甲86,95〕
(エ) 引抜抵抗力が6ないし7kN程度であるが良と判定されたボルトについて,点検員に聴き取りを行った結果,「打撃時に異音を感じたが,ボルトではなくCT鋼と覆工の間の緩みに起因すると判断した」とのコメントがあった。〔甲86,95〕
(オ) センサーを用いた打音試験の結果,打撃時の音や反発力は,アンカーボルトの付着状態だけでなく,ボルトに作用する軸力の大小等の影響を受けることが判明した。〔甲86〕
ウ 引抜抵抗力試験及び引き抜けたボルトの観察結果(甲22)
(ア) 引抜抵抗力の測定結果を,引抜抵抗力40.0kN以上(安全率3.3以上)をAランク,引抜抵抗力12.2kN以上40.0kN未満(安全率1.0以上3.3未満)をBランク,12.2kN未満(安全率1.0未満)をCランクとして3つのランクに分類すると,当初試験についてAランクが59箇所(42パーセント),Bランクが72箇所(52パーセント),Cランクが8箇所(6パーセント)となり,追加試験についてAランクが11箇所(25パーセント),Bランクが25箇所(57パーセント),Cランクが8箇所(18パーセント)となり,当初試験139箇所の引抜抵抗力の中央値は35.5kN,平均値は31.8kNであった。
(イ) 引き抜かれたアンカーボルト107本を観察した結果,接着剤が付着していたと推定される定着長の平均値は92.2ミリメートル(設計定着長130ミリメートルの71パーセント相当),中央値は90.0ミリメートル,引き抜かれたボルト側に接着剤が残存していた区間の長さの平均値は65.3ミリメートル,中央値は60.0ミリメートルであったところ,引抜抵抗力がCランクに分類されたボルトについては,定着長の長いものがみられず,定着長の平均値は81.5ミリメートル,中央値は85.3ミリメートル,接着剤が残存していた区間の長さの平均値は44.3ミリメートル,中央値は42.0ミリメートルであったが,引抜抵抗力と定着長には相関関係はみられなかった。
(ウ) ダクト断面別に見ると,引抜抵抗力が12.2kN未満であり,Cランクに分類される天頂部のアンカーボルト16本のうち15本は,落下区間を含むL型断面(殊に本件現場の東側のL型断面では9本)の区間に集中していた。
当初試験の対象ボルトについて,L型断面における平均引抜抵抗力は21.8kNであり,他の区間に比べ約6kN低く,引抜抵抗力の分布が広範囲にばらついており,不健全なボルトが多く存在していた。L型断面においては,Aランクの比率が低く,Cランクの比率が高い結果となり,L型断面のうちボルト径の異なる名古屋側の部分を除いた区間について,Cランクに分類されるボルトは7本(18.4パーセント)であった。
また,L型断面のボルトの定着長の分布も,広範囲に分散していた。
(エ) L型断面について,引抜抵抗力の測定結果をボルト100本当たりの区間で集計すると,落下区間の前後及び4500番から4600番ボルト付近にCランクボルトが50パーセント以上となる区間が存在し,同区間では平均的な引抜抵抗力も12kNから14kNと設計荷重にほぼ等しくなった。
(オ) せん断抵抗面積を接着剤付着推定長に削孔径せん断抵抗周長を乗じたものとして,単位面積当たりの付着強度を計算すると,ほとんどのボルトでカタログに示される付着強度の下限値である1平方ミリメートル当たり6Nを下回った。
ダクト断面別にみると,定着長の計算方法によって差があるものの,付着強度が1平方ミリメートル当たり6Nを下回る箇所はL型断面に集中する傾向がみられた。
エ その他の試験結果
覆工コンクリートについては,基本的に当初設計で期待された以上の強度が確保されていることが確認され,ボルト鋼材についても,腐食量を確認し,破断試験でも十分な強度を有していることが確認された。
(11) 調査報告書等の内容(甲22,86,乙A2)
調査報告書に記載された本件事故の原因及び既設トンネルに係る再発防止策に関する記載(乙A2)及び天井板落下の原因に関する論点整理(甲35)を抜粋すると,以下のとおりである。
ア 本件事故の原因は,天頂部接着系ボルトの設計・施工も含めた接着部まわりに絞り込むことができ,落下メカニズムは次のように推定される。すなわち,天井板に打設された接着系アンカーボルトは,工事完成時点から所定の接着剤の引抜抵抗力が発揮されないものも含まれるなど,設計・施工段階から事故につながる要因を内在しており,特に荷重が大きいL型断面では,そのようなボルトにつき経年の荷重作用や材料劣化を原因とする引抜抵抗力の低下・喪失が進行した。その結果,最終的には,いずれか又は複数のCT鋼において,天頂部ボルトが全体として天井板等を吊すための強度を不足するに至り,接着剤樹脂と覆工コンクリート又はボルト接合面との間でのせん断破壊等により引き抜けた。更に,隣り合う天井板が1枚の隔壁板を介して連結されていたことで,約140メートルの区間にわたり連続して落下した。
(なお,上記引抜抵抗力の低下・喪失の機序については,16本の天頂部アンカーボルトの配置がCT鋼軸線に対して対称配置でないことから,天井板及び隔壁板等の自重に対してもCT鋼に不均等な変形が生じ,各アンカーボルトの長期荷重が不均等になった可能性があること,当初設計では,隔壁板に作用する水平方向の風荷重がCT鋼に伝達され,CT鋼を変形することによって天頂部アンカーボルトにかかる荷重が見込まれていなかったものの,現実には,上記風荷重によって無視できない大きさの荷重が天頂部アンカーボルトにかかること,本件トンネルにおいて使用された不飽和ポリエステル樹脂は,一般にアルカリ環境下で加水分解を起こす性質を有し,覆工コンクリート界面付近からサンプリングした樹脂については加水分解の進展を示すデータが得られたほか,経年による影響要因として劣化,疲労,クリープ等が考えられることなどが指摘された。)〔甲25,35,乙A2〕
イ 点検方法・点検実施体制に関する事項については,本件事故が生じたという結果を踏まえれば,明確な裏付けがなく近接での目視及び打音の実施が先送りされていたこと及び膨大な数の補修補強履歴の保存態勢が不備であったことは不十分であったといわざるを得ない。〔甲86,乙A2〕
ウ 常時引張力を受ける全ての接着系アンカーボルトに対して近接点検(近接目視,打音及び触診)を行うことは,機能を喪失したボルトを把握する上では有効であり,このような点検を定期的に行うことで,異常のあるボルトを事故に至るまでに検出できる可能性が高まるとともに,経年的な傾向を把握して適切な予防保全対策が実施できることに寄与する効果も期待できるが,他方,技術的な限界として,近接点検(近接目視,打音及び触診)では,個々のボルトの引抜抵抗力の正確な把握はできない。これを踏まえ,今後,接着系ボルトで吊られた既設のトンネル天井板に対しては,撤去等の安全措置を講じ,これが完了するまでは,点検頻度を増やし,全てのボルトに対して近接点検(近接目視,打音及び触診)を行うとともに,適切な引張載荷試験を実施する必要がある。
エ 点検の経緯,結果及び補修履歴等の各種情報を共有・継承することが重要である。
(12) 本件事故当時の本件事故現場
本件事故当時の本件事故現場の状況は,コンクリート製の天井板等のがれきに押しつぶされた車両が炎上し,がれきの下から「誰か,助けて」といった声が聞こえるなど,極めて凄惨なものとなった上,二次災害のおそれがあったため被害者らの救助活動は難航した。その結果,被害者らが乗車していた車両は,焼損,変形し,自動車としての跡形をとどめない状態となった。
そして,上記過程でA,B,Eが焼死し,Cが一酸化炭素中毒,Dは胸腹部臓器損傷によりそれぞれ死亡した。〔甲2,4,6,8,10,16ないし18,37〕
2 争点(1)(被告Y1及び被告Y2の被用者らの過失の有無)
原告らは,被告Y1に対し,工作物責任(民法717条1項)に基づく損害賠償請求に加え,使用者責任(同法715条1項)に基づく損害賠償請求も行っているところ,被告Y1の保全チームの被用者と被告Y2の道路技術事務所等の被用者の各行為が,本件事故の発生に至る経過について密接な相互関連性を有するという本件事案の性質及び原告らの主張の内容を考慮し,まず,被告Y1の使用者責任について,被告Y2の使用者責任とともに判断する。
(1) 本件事故の原因等について
本件トンネルの天井板は,本件事故発生時までに設置工事から35年以上が経過していたものであるところ(前提事実(2)ア),上記1認定のとおり,本件トンネルの構造が重量のあるコンクリート製の天井板を天頂部のCT鋼及び接着系アンカーボルトで支えるものであったこと(同(1)),長時間継続して作用する荷重や多数回繰り返し作用する荷重が接着系アンカーボルトの引抜抵抗力に悪影響を及ぼすこと(同(4)),本件事故以前の維持管理状況,特に,平成12年の時点で天頂部アンカーボルトの脱落が見られ,平成13年の時点でL型断面の天頂部アンカーボルトに設計強度を下回るものがあったこと(同(5)),本件事故直後の本件事故現場の状況から,天井板が連鎖して落下したものと推測されること(同(7)),本件事故後の試験の結果,安全率1.0に満たないアンカーボルトや単位面積当たりの付着強度がカタログに示される下限値を下回るアンカーボルトも相当数存在し,これらの多くがL型断面の区間に集中していたこと(同(10)),他方,覆工コンクリートやボルト鋼材の強度自体は確保されていたこと(同(10)),これらの試験結果等も踏まえた調査委員会の作成に係る調査報告書の内容等(同(11))を総合すると,本件事故は,持続荷重及び繰返し荷重の作用並びに接着剤の劣化等によって,天頂部アンカーボルトの引抜抵抗力が低下するという経年劣化が進行し,最終的に,荷重が大きいL型断面の区画に当たる本件事故現場の東京側から12番目付近の区画のCT鋼において,当該CT鋼を覆工コンクリートの天頂部に接合する16本のアンカーボルトが,天井板等を全体として荷重を支える引抜抵抗力を不足するに至って引き抜け,これによって支えられていた天井板が,隔壁板を共有する前後のCT鋼を引っ張りながら落下し,その結果,多数の天井板が連続して落下したものと認めることができる。
そして,本件事故が発生したことからすれば,同時点で,崩落区間中,本件事故の直接の要因となった12番目付近のCT鋼の天頂部アンカーボルトが,垂直方向にかかる荷重を支えられない状態に陥っていたことは明らかであるところ,本件点検の終了からわずか2か月後に本件事故が発生しており,本件点検から本件事故までの間にアンカーボルトの引抜抵抗力を急激に低下させる具体的な要因の存在を特段うかがうことはできないことからすると,本件トンネルの天頂部アンカーボルト(特に本件崩落部分)の引抜抵抗力は,本件点検の時点で,客観的には直ぐにでも天井板の崩落事故が発生し得る危機的な状況にあったものと認めるのが相当である。
そうすると,本件点検は,かかる崩落事故を回避することを目的として実施されたにもかかわらず,本件事故が発生するに至ったものであり,結果として,かかる危機的状況を発見するに足りないものであったことになるが,被告らの使用者責任の前提として,こうした天井板が崩落するほどに引抜抵抗力が低下していたアンカーボルトを捕捉できなかった本件点検の方法の設定について,被告Y1の保全チームの被用者と被告Y2の土木技術事務所等の被用者にそれぞれ過失があったといえるかどうかが問題となる。
(2) 各被用者の注意義務の内容について
まず,被告Y1は,高速道路の維持,修繕その他の管理等を目的とし,機構から本件トンネルを借り受けて本件トンネルの維持管理を行っている(前提事実(1)イ(ア))ことからすれば,本件トンネルの管理者として,通行者に対し,安全に通行し得るように本件トンネルを維持管理すべき責務を負っているというべきところ,保全チームは,点検計画を立案し,被告Y2が作成した具体的な点検実施計画を審査する権限を有するから(認定事実1(3)),本件トンネルの通行者に危険を及ぼし得る不具合を遅滞なく発見し,適切な対応を採ることによって通行者の安全を確保し得るか否かは,点検計画の立案,審査及び道路技術事務所等との協議内容如何にかかっていたということができる。そうすると,保全チームは,個々の構造物の性質・特性はもとより,本件トンネルに関する従前の点検結果及び補修履歴等を把握した上,いかなる部位,範囲についてどのような点検を行えば,本件トンネルの通行者に危険を及ぼす可能性の高い不具合を的確に発見可能かという観点から,適切な点検計画の立案及び道路技術事務所等の作成した本件トンネルの点検実施計画を審査した上,道路技術事務所等と協議して点検業務契約の内容をより適切な内容に変更するなどして,点検方法を選択・設定する注意義務を負っていたというべきである。
他方,被告Y2は,被告Y1から本件トンネルの通行者に危険を及ぼす可能性の高い不具合を遅滞なく発見し,適切な対応を採ることによって通行者の安全を確保する目的で点検業務を受託したのであるから,本件トンネルの通行者に危険を及ぼし得る不具合を遅滞なく発見し,通行者の安全を確保し得るか否かは,道路技術事務所等が作成する本件トンネルの点検実施計画及び保全チームとの協議内容如何にかかっていたということができる。そうすると,道路技術事務所等は,保全チームと同様の観点から,適切な点検実施計画を作成し,保全チームと協議する際には,上記不具合を遅滞なく発見し得る適切な点検方法を指摘・具申すべき注意義務があったというべきである。
しかして,本件点検に至る経緯(同(6))によれば,本件点検の方法は,平成24年7月下旬以降の保全チームと道路技術事務所等との協議により決定されたのであるから,両者の上記注意義務違反の有無を判断する前提として,本件点検の点検方法に係る協議の際,適切な点検方法を設定しなければ本件トンネルの天頂部アンカーボルトの不具合(本件事故の原因となった引抜抵抗力の低下)を看過し,その結果として,本件事故のような本件トンネルの天井板が崩落する可能性を予見し得たかどうか,また,適切な処置を講じることにより本件事故の発生を回避可能であったかを検討すべきことになる。
(3) 予見可能性について
ア 前提事実(2)と上記1認定の事実,殊に,本件トンネルは,左右に並べた天井板を受け台と受け台アンカーボルトで固定し,中央部分を約1.2メートル間隔の吊り金具によって隔壁板を吊り上げ,更に覆工コンクリートの天頂部へアンカーボルト16本で接合(接着剤で固定)されたCT鋼に接続する構造であり(前提事実(2)イ),天頂部のアンカーボルトは天井板等を支える重要な部材であるところ,本件点検時までに,本件トンネルの完成から約35年間が経過していること(認定事実(1)ア),天井板はコンクリート製の他に類を見ない重量板であって(同(1)イ),アンカーボルト1本にかかる作用荷重は,約12.2KNに達し,常時,下位方向への持続荷重及び繰返し荷重の作用を避けられなかったこと(同(1)イ)に加え,接着系アンカーボルトの耐力(引抜抵抗力)が持続荷重,繰返し荷重,経年劣化によって低下した結果,「コンクリートと接着剤の付着部分の破壊」により接着系アンカーボルトアンカー筋が抜け出して破壊に至ることが,本件点検時の相当前から既に一般的な知見となっていたこと(同(4)イ)からすると,本件点検当時,アンカーボルトが経年劣化しているおそれは認識可能なものであったというべきである。実際,既に昭和58年の「点検の手引(案)」には,天井板の吊り金具などの腐食・破損が心配されるとの記載とともに,天井板付属物の損傷の判定について「AA基準」が設けられ,その要因として吊り金具,取付金具,又はボルト等の破損,欠落又は著しい腐食による天井板の脱落等が挙げられていること(「ボルト」から「アンカーボルト」を除外する理由はない。同(2)ア)からすれば,被告ら内部においても,吊り天井の部材の劣化が天井板の脱落に繋がる可能性が当時から想定されていたということができる。
更に,平成12年の臨時点検に打音点検を実施したところ,上り線に限定した場合でも既に天頂部のアンカーボルト3本(脱落2本,欠損1本)と吊り金具ボルト2本(脱落)が欠けたままであったほか,アンカーボルト(ナットを含む)の緩みが213箇所にわたって確認されたこと(同(5)イ),本件トンネルを今後も永続的に使用する上での問題点を明らかにする目的で実施されたGによる平成13年の調査では,天頂部(隔壁板取付部分)のアンカーボルトに対する打音点検によって数多くのボルトの締付け不良が発見されたり,引張試験によってL断面に引抜抵抗力が設計値を下回る天頂部アンカーボルトが見られ,今後は,最も腐食が激しい箇所において天井板を撤去して引張試験を実施し,同結果と比較する必要があるとされたこと(同(5))から,本件トンネルの天頂部アンカーボルトについて引抜抵抗力の低下を示すものを含む具体的な不具合の発生が明らかとなっていたにもかかわらず,本件トンネルの天頂部アンカーボルトの点検が実施されてから本件点検時までにほぼ12年の歳月が経過し,平成12年の臨時点検及び平成13年に指摘された上記の要補修箇所が補修されたり,保全チーム及び道路技術事務所等において,落下の具体的原因について調査・検討を行った形跡はないのであるから,上記の臨時点検及び引張試験の時点で既にみられた天頂部アンカーボルトの引抜抵抗力の低下が10年余りの間に一層進行していたことが容易に推測し得たというべきである。
また,本件点検以前に,既にアメリカにおいて,接着系アンカーボルトが引き抜けたことによって天井板が崩落するという本件事故と同種ないしは類似のトンネル崩落事故が発生し,平成20年4月付け「欧州の有料道路制度等に関する調査報告書」では,調査結果としてアンカーボルトの「引張試験の重要性及び部品の取替の要否を調査する定期的な維持管理作業計画」の必要性が指摘されていたこと(同(4)ア)も,天井板アンカーボルトの重要性を示す事情であるといえる。
以上を総合勘案すると,いずれもトンネルの補修等について技術的に高いレベルを兼ね備えた被用者で構成されていた保全チーム及び道路技術事務所等のメンバー(同(3)ア)としては,上記各事実を現に認識し又は当然認識し得たといえるところ,35年間という歳月の経過により本件トンネルの天頂部アンカーボルトに経年劣化が生じて荷重に対する引抜抵抗力を喪失する可能性も否定できないのであるから,適切な点検方法を設定し,これを実施しなければ本件トンネルの天頂部アンカーボルトの不具合(本件事故の原因となった引抜抵抗力の低下)を看過し,その結果として,天井板等が道路上に崩落する可能性(危険性)を予見し得たものと認めるのが相当である。
この点につき,被告Y2は,本件事故以前に行われた点検において緊急補修の必要がある(AA)と判定された不具合が見られなかったことを理由に本件トンネルは老朽化していなかったとして予見可能性を争うが,トンネルの点検業務においては,経年劣化等によっていつ生じるとも知れない不具合を遅滞なく発見することが求められているというべきであるから,被告Y2の上記主張は当を得ないものであって,採用することができない。
また,被告らは,点検要領上の詳細点検の頻度は10年に1回実施するのが標準であり,適宜点検頻度を変更してもよいとされていたのであるから,前回点検から12年の経過後に本件点検を実施したことは点検要領の範囲内である旨主張する。しかし,点検要領等の記載(同(2))はもとより,現にCT鋼を天頂部の覆工コンクリートに接合するアンカーボルトが緩んで抜け落ちると,その数によっては天井板が車道上に落下することは明らかであり,現に天頂部アンカーボルトの引抜抵抗力の低下により本件事故に至ったことからすれば,天頂部アンカーボルトが,最長でも5年間隔で詳細点検を行うとされていた「安全な交通又は第三者に支障となるおそれのある箇所」に該当するというべきである。仮に天頂部アンカーボルトがこれに当たらないとしても,過去の点検結果や補修履歴等の記録・情報を十分勘案した上で合理的な根拠に基づいて点検の間隔を10年以上に変更することが可能とされているのに,被告Y1は,過去の補修履歴や調査結果等の記録を適切に保存・管理していなかったのであるから(同(5)ア,同(11)イ),合理的な根拠に基づいで点検の間隔を上記のとおり延長したとも認め難い。そうすると,本件点検は,被告ら自身が依拠する点検要領等の定めにも適合しているとは言い難く,被告Y1の上記主張は採用できない。
イ そこで,天頂部アンカーボルトの引抜抵抗力の低下を遅滞なく発見して上記のような天井板の崩落の危険を回避するためには,当該危険の重大性に鑑み,点検方法をできる限り入念なものとする必要があるところ,被告らの被用者において有効と認識し又は認識し得た検査方法について検討すると,点検要領等には,「構造物の状況(はくり〔うき〕,ボルトの緩み等)」を把握する方法として「打音」点検が挙げられており(認定事実(2)イ,ウ,カ),打音点検等がボルトの緩みを発見する上で有効な方法であると位置付けられていたといえること,現に本件点検でも手の届く範囲にすぎないが,アンカーボルトについて打音点検を行ったこと(同(6)イ),目視のみでアンカーボルトの引抜抵抗力を把握することが可能であるとは考えにくいし,まして天井板上部から天頂部までの高さが約5.37メートルであり(前提事実(2)イ(イ)),緩み,がたつきといった部材の変状には,打音や触診といった方法で外力を加えてみなければ発見し得ないものがあることは想像に難くないこと(被告Y1の主張イ(イ)のとおり,被告Y1自身も,少なくともボルトの機能喪失が外見からは判明しないこともあることを自認している。),平成12年の臨時点検においても,打音点検によりアンカーボルト(ナットを含む)の緩みが213箇所にわたり発見されたものであるし,Gによる平成13年の調査においても,アンカーボルトの打音点検によって数多くのボルトの締付け不良があることが指摘されたものであり(認定事実(5)イ,ウ),これにより,打音点検がアンカーボルトの緩みや締付け不良を発見する上で有効であることが明らかとなっているといえることなどからすると,当業者であれば,打音点検及び触診(特に打音点検)がアンカーボルトの不具合を発見する上で有効であるとの認識を有し,こうしたアンカーボルトの引抜抵抗力を把握するための点検方法が存在することを認識し得たというべきである。
ウ 以上を総合すると,保全チーム及び道路技術事務所等は,本件点検の点検方法に係る協議の際,打音・触診といった目視以外の適切な点検方法を設定しなければ,本件トンネルの天頂部アンカーボルトの不具合を看過し,その結果,本件事故のような天井板の崩落事故が発生することを予見できたというべきである。
(4) 結果回避可能性
保全チーム及び道路技術事務所等が本件点検に当たり打音や触診といった目視以外の適切な点検方法を設定することによって,本件事故の発生を回避することができたか否かを検討する。
ア 本件事故後の緊急点検において,本件トンネルの天頂部アンカーボルト全数について打音点検を行った結果,上り線のアンカーボルト1万1613箇所のうち,欠落が5箇所,脱落が3箇所,緩みが1004箇所で発見され,本件事故現場付近では,1枚のCT鋼に存在する16本のボルトの約半数である7ないし9本のボルトで緩みが発見された箇所も複数あったものである(認定事実1(8))が,本件点検と上記緊急点検との間隔がわずか2か月余りであり,本件事故の衝撃が本件トンネル全域にわたって天頂部アンカーボルトに影響を及ぼしたとは考え難く,他にこの間に天頂部アンカーボルトに影響を及ぼしたと考えられる要因もうかがわれないことからすると,本件点検において打音検査が実施されていれば,上記同様の結果が得られた可能性が高いというべきである。上記結果における不具合の数量は,他のトンネルの緊急点検においては,こうした不具合箇所がいずれも10箇所以内であったこと(同(9))と比較しても,異常な数量であるということができる。
また,調査委員会による引抜検査の結果,L型断面において,設計荷重に対する安全率が1.0未満のCランクに分類されるボルトの割合が18.4パーセントに達していたのである(同(10)ウ(ウ))から,L型断面においては一定の割合で上記のような「引抜抵抗力が低下したCランクボルト」が存在していた可能性が高いと認められ,特に,そのうち,一定数は引抜抵抗力をほぼ喪失したアンカーボルト(引抜抵抗力が概ね5.0kNを下回るもの)が存在した可能性が高いと認められるところ,打音点検によって,上記「引抜抵抗力をほぼ喪失した天頂部アンカーボルト」を「不良」として判別し得るのである(同(10)イ(ウ))から,このことからも,打音点検によってL型断面の天頂部アンカーボルトのうち少なくとも相当数についての変状を感じることが可能であったということができる。
この点について,被告らは,本件事故後の点検結果が本件事故による衝撃の影響を受けたものであるから,本件点検の時点において判明し得たものといえない旨主張する。しかし,本件事故後の緊急点検の結果,本件トンネル全域にわたってボルトのゆるみが多数みられたことからすると,引抜抵抗力の低下は,本件トンネルの崩落区間のみならず,本件事故による衝撃の影響が想定し難い範囲を含む本件トンネル全体に共通する経年的な傾向といえるのであって,被告らの上記主張は採用できない。
また,被告Y1は,打音点検によって引抜抵抗力を喪失したアンカーボルトを判別できても,引抜抵抗力を喪失するに至らないアンカーボルトについての引抜抵抗力を正確に把握することはできない旨主張する。しかしながら,引抜抵抗力の大小を正確に判定し得ないとしても,上記のような変状の数量・割合・推移等から,変状を生じたアンカーボルトの本数,場所及び経年的な傾向を把握し,本件トンネルの状況の異常性を認識するには十分といえるから,被告Y1の上記主張は採用することができない。
更に,被告Y2は,本件事故後の緊急点検においては,わずかな変状をも計上しており,その結果を本件点検の結果と単純に比較することはできないと主張するが,上記認定のとおり,他のトンネルと比較しても本件トンネルの不具合箇所の数量が異常であることは明らかであるし,かかる被告Y2の主張は,不具合を遅滞なく発見して事故を回避するというトンネルの点検の目的に照らしてみると,「わずかな変状」を認識しながら敢えて計上しなかったというのであれば,本件点検までの点検の厳格性に問題があったことを示すものにほかならず,上記主張は採用することができない。
イ しかして,被告Y1は,本件トンネルの通行者に対し,安全に通行し得るように本件トンネルを維持管理すべき責務を負っており,本件トンネルの通行者に危険を及ぼす可能性の高い不具合を遅滞なく発見し,適切な対応を採ることによって通行者の安全を確保する目的で,被告Y2に対し,点検業務を委託したのであるから,本件トンネルの通行者に危険を及ぼす可能性の高い不具合を発見した時点において,速やかな対策を講じることが必要不可欠である。そうすると,仮に本件トンネルについて適切な点検が行われ,その結果,上記のような異常な数の天頂部アンカーボルトの変状が発見されれば,天井板の落下に繋がる可能性が高いことは明らかであるから,道路技術事務所等としては,その点検結果を被告Y2に報告し,同被告を通じて被告Y1ないし監督員(直接報告を受けた監督員は,必要に応じ,工事会社等に依頼して調査・応急対策を行う権限を有する。認定事実(3)エ)に対し,点検結果の問題点等を報告し,直ちに適切な処置を講じるよう指摘・具申したものと認められるのであり,他方,被告Y1は,保全チームから道路技術事務所等による点検結果報告を受け,本件トンネルの安全を確保ないし確認ができるまで,本件トンネルを通行止めにし,アンカーボルトの引抜抵抗力試験を実施するなどして,更なる調査,応急対策,補修・補強工事又は天井板の撤去工事等の抜本的な対策を開始することにより,少なくとも,通行者が通行中に天井板が崩落するという本件事故の発生を回避することができたというべきである。
この点につき,被告Y1は,本件点検で何らかの変状が発見されたとしても,直ちに緊急工事を行うことにはならないのであり,より正確な状況把握をして対応策を策定し,予算案を講じ,業者の手配をした上,利用者に告知をして工事を行うという手順を採るほかなく,それには少なくとも数か月の期間を要するから,本件事故の発生までにこれを完了することは不可能であり,結果回避可能性又は結果回避義務がなかった旨を主張する。しかしながら,本件点検がしかるべき適切な方法で行われていれば,上記のとおり,何らかの変状ではなく,異常な数量の変状を発見されたものと認められるから,被告Y1のいう手順を採るまでもなく,被告Y1において,直ちに通行止め等の措置を採ることが可能であり,かつ同措置を講じるべきであったといわなければならない。上記主張は,先に説示したところとその前提を異にするものであって採用することができない。
(5) 具体的な注意義務違反
以上によれば,被告Y1の保全チーム及び被告Y2の道路技術事務所等の被用者には,本件点検の方法について協議するに当たり,天頂部アンカーボルト等も含め,打音及び触診といった目視以外の方法を用いた入念な方法を採用しなければ,本件トンネルの天頂部アンカーボルトの不具合を看過し,その結果,本件事故のような天井板の崩落事故が発生することを予見することができ,かつ,そのような方法を採用することにより本件事故を回避することができたのであるから,上記入念な方法を採用し,本件トンネルの天頂部アンカーボルトの不具合を発見しうる適切な点検実施計画を立案ないし設定すべき注意義務があったのにこれを怠り,触診はもとより打音点検を採用せず,双眼鏡による目視のみという方法を採用した過失があったと認められる(結局,保全チーム及び道路技術事務所等が,接着剤の経年劣化による天頂部アンカーボルトの引抜抵抗力の低下とこれによる天井板の崩落を認識・予見しなかった背景には,平成12年以前の補修履歴や調査結果を十分に蓄積・管理してこなかったため,点検計画の立案や点検方法の協議に際し,こうした過去の点検により得られた知見が十分に反映されなかった上,過去のデータを分析・検討せず,客観的には実施すべき点検を本件事故に至るまで懈怠したという経過に加え,既に平成12年あるいは平成13年の時点で,一部天頂部アンカーボルトが脱落し,あるいは引抜抵抗力が設計値を下回るものがあることが判明していたのに,その後に設計値を回復するための補修を実施した形跡も見られないなど,天頂部アンカーボルトの引抜抵抗力の低下やその後の経年劣化の進行の可能性を軽視し,現実に認識していた事実に対する評価も適切ではなかったという問題点があったといわざるを得ないのであり,本来,期待されていた調査・管理等を行っていれば,保全チーム及び道路技術事務所等において,より確実に天頂部アンカーボルトの引抜抵抗力の低下とこれによる天井板の崩落を認識・予見することができた点を指摘せざるを得ない。)。
この点に関し,被告らは,目視の結果,異常の見られた対象物についてのみ打音点検を行えば足り,対象物の全数について打音点検を行うことは求められていなかった旨,双眼鏡を使用した目視により点検することで,点検方法として十分であった旨主張する。しかし,上記のとおり,外見からは見受けられない変状が発生している可能性は排斥し得ないし,点検要領等においても,打音に当たっては近接目視の際に変状が認められる箇所の周辺や補修された箇所の周辺を入念に行うべきとされているにすぎず,それ以外の箇所の打音を不要とするものではない(認定事実(2)カ(ウ))のであって,目視の結果,異常の見られない対象物に何らそれ以上の点検を行わないというのは,点検方法として甚だ不十分といわざるを得ないから,被告Y1の上記主張は採用できない。
被告らは,その他縷々主張するが,本件事故発生の予見可能性及び結果回避可能性を認めることができることは上記認定・説示のとおりであるから,被告らの主張は,いずれも採用することができない。
(6) まとめ
そうすると,被告Y1の保全チーム及び被告Y2の道路技術事務所等の被用者には上記過失があり,これと本件事故の発生との間には相当因果関係も認められから,上記被用者らは,民法709条による不法行為責任を免れないところ,当該行為はいずれも被告らの事業の執行について行われたものであるから,被告らは,各使用者責任に基づく損害賠償責任を免れないことになる(なお,前提事実(3)ないし(5)のとおり,本件トンネルの設置又は保存に瑕疵〔本件トンネルが本来備えているべき安全性を欠き,本件事故の原因となった不具合の存在〕があることによって本件事故が発生したものであるから,本件トンネルを占有管理していた被告Y1は,工作物責任〔民法717条1項〕も免れない。)。
3 争点(2)(原告らの損害)について
(1) 原告X1ら(A関係)
ア Aの損害 各3954万5668円
(ア) 墓所購入費用・墓石工事費用及び仏壇購入費用
原告X1らは,Aの希望を考慮し,これに沿う墓所を購入したため,その費用等が本件事故による損害である旨主張するが,Aが28歳という比較的若年で死亡したことに伴う両親の心情を考慮してもなお,新たに墓所,墓石及び仏壇を購入せざるを得なかった特段の事情を認めるに足りる証拠はないから,墓所購入費用・墓石工事費用及び仏壇購入費用を本件と相当因果関係を有する損害と認めることはできない。
(イ) 逸失利益その1(給与) 5098万1335円
甲第39号証の1ないし14及び弁論の全趣旨によれば,Aは,本件事故当時,いわゆる契約社員としてIに勤務し,平成24年度は427万9866円の収入を得ていたことが認められる。
そうすると,上記年収額427万9866円を基礎収入とし,女性の生活費控除率30パーセント(0.3)を控除し,本件事故当時の年齢28歳から67歳までの就労可能年数39年間に対応するライプニッツ係数(年金現価係数)17.0170を乗じると,Aの給与に係る逸失利益は5098万1335円(円未満切捨て,以下同様)となる。
(計算式)
4,279,866×(1-0.3)×17.0170=50,981,335
(ウ) 逸失利益その2(退職金差額)
甲第41号証及び弁論の全趣旨によれば,Aは,専門学校を卒業後,アルバイト勤務を経て株式会社S,株式会社Tを経て,本件事故当時,Iに契約社員として約4年3か月間勤務していたが,同社の契約社員就業規則は,契約更新の限度を満60歳とし,退職時の基本給と勤続年数に応じて退職手当を支給する旨規定していることが認められる。
しかし,Aは,本件事故当時,28歳であり,その職歴,勤続年数,契約更新限度である60歳まで32年を残していることに照らすと,Aが60歳まで同社において勤務を継続する蓋然性があったとは認め難い。
そうすると,これを前提とした上,60歳まで勤務を継続した場合に支給されたであろう退職金と,現実に支払われた退職金との差額を逸失利益と認めることはできない。
(エ) 慰謝料 2800万円
上記1(12)認定のとおり,被害者らは,本件事故により,コンクリート製の天井板に押しつぶされて炎上した車両内に閉じ込められるという凄惨な状況で絶命するに至ったものであり,その間に与えられた恐怖心は計り知れないこと,跡形を残さないほど激しく焼損した車両内で,被害者らの遺体もその生前の姿をとどめないものとなったであろうこと,被害者らは,安全が確保されていると信頼して通行した本件トンネルの道路構造物そのものが通常の供用状態下において崩落するという予想だにしない出来事によって,突如としてその生命を奪われたこと等,本件事故の悲惨さを考慮すると,被害者らの無念は筆舌に尽くし難いというべきである。
上記のような事情に加え,Aは,本件事故による死亡当時,28歳と若年であったことを考慮すると,その被った精神的苦痛は,少なくとも2800万円を下らないものと認めるのが相当である。
(オ) 物損 10万円
上記1(12)認定の事故態様を考慮すると,Aの着衣,携帯品等(以下「所持品」という。)が焼損し,損害が生じたことが認められるところ,その内訳,時価は明らかでなく,損害の性質上その額を立証することが極めて困難であると認められることを踏まえ,損害額の算定について証明度の軽減ないし裁判所の裁量を許容した民訴法248条に基づき,その損害額を10万円の限度で認めるのが相当である。
(カ) 小計
上記(ア)ないし(オ)の合計額は7908万1335円であるから,両親である原告X1らの相続額は各3954万0667円ということになる。
イ 原告X1らの固有損害 各100万円
上記ア(エ)記載のとおりの本件事故の悲惨さ,Aの遺体の損傷状況に加え,突如としてわが子を失うこととなった原告X1らの心情を考慮し,原告X1らが被った精神的苦痛を金銭評価すると,各100万円を相当と認める。
ウ 一部弁済(前提事実(7)ア) 各500万円
上記ア及びイの小計各4054万0667円に対する平成24年12月2日から平成25年5月31日までの民法所定の年5分の割合による確定遅延損害金は,下記計算式のとおり各100万5186円であるところ(1日を365分の1年として日割計算するものとする。),各既払金のうち,同額をまずこれに充当すると,各元金部分に対する充当可能な金額は399万4814円であるから,各残元金は各3654万5853円ということになる。
(計算式)
40,540,667×0.05×181/365=1,005,186
40,540,667-(5,000,000-1,005,186)=36,545,853
エ 弁護士費用 各360万円
以上によると,原告X1らの各損害額は3654万5853円であるところ,原告X1らが本件訴訟の提起・追行を原告ら訴訟代理人に委任したことは記録上明らかであり,本件の特質,難易度,認容額等を考慮すると,弁護士費用としては各360万円をもって本件事故と相当因果関係を有する損害であると認めるのが相当である。
オ 合計
以上によると,原告X1らが有する損害賠償請求権の金額は,各4014万5853円である。
(2) 原告X3ら(B関係)
ア Bの損害 各4185万4605円
(ア) 逸失利益 5560万9211円
甲第44号証及び弁論の全趣旨によれば,Bは,本件事故当時27歳であり,大学を卒業後,本件事故時まで,Jに勤務し,平成24年度(本件事故日である12月2日まで)に支払われた給与の額は,414万1721円であったことが認められ,これに照らすと,Bは,将来平均して賃金センサス男性,大学・大学院卒の全年齢平均年収額648万1600円程度の収入を得る蓋然性があったと認められる。
そうすると,648万1600円を基礎収入とし,独身男性の生活費控除率50パーセント(0.5)を控除し,更に27歳から67歳までの就労可能年数40年に対応するライプニッツ係数17.1591を乗じると,Bの給与に係る逸失利益は5560万9211円であると認められる(なお,Bの給与に係る逸失利益が5560万9211円であることについては,原告X3らと被告Y1の間においては争いがない。)。
(計算式)
6,481,600×(1-0.5)×17.1591=55,609,211
(イ) 慰謝料 2800万円
Bは本件事故当時,27歳であり,上記(1)ア(エ)と同様の本件事故の悲惨さを考慮すると,Bの無念は筆舌に尽くし難いというべきであり,その被った精神的苦痛は,少なくとも2800万円を下らないものと認めるのが相当である。
(ウ) 物損 10万円
甲第48ないし53号証(枝番を含む)に加え,本件事故態様(上記1(12))を考慮すると,Bの所持品が焼損し,損害が生じたことが認められるが,その内訳,時価は明らかでなく,損害の性質上その額を立証することは極めて困難であると認められるから,上記同様に民訴法248条に基づき,その損害額を10万円と認めるのが相当である。
(エ) 小計
以上の損害合計額は8370万9211円であるから,両親である原告X3らの相続額は各4185万4605円ということになる。
イ 原告X3ら固有の損害 各100万円
上記(1)ア(エ)記載のとおりの本件事故の悲惨さ,Bの遺体の状況に加え,突如としてわが子を失うこととなった原告X3らの心情を考慮し,原告X3らが被った精神的苦痛を金銭評価すると,各100万円が相当であると認められる。
ウ 一部弁済(前提事実(7)イ) 各500万円
上記ア,イの合計額は各4285万4605円であり,各既払金500万円を原告X3らの主張どおり元本に充当すると,残額はそれぞれ3785万4605円ということになる。
エ 弁護士費用 各370万円
以上の原告X3らの各損害額は3785万4605円であるところ,原告X3らが本件訴訟の提起・追行を原告ら訴訟代理人に委任したことは記録上明らかであり,上記同様の観点から弁護士費用としては各370万円をもって本件事故と相当因果関係を有する損害であると認めるのが相当というべきである。
オ 合計
以上によると,原告X3らが有する損害賠償請求権の金額は,各4155万4605円である。
(3) 原告X5ら(C関係)
ア Cの損害 各4185万4605円
(ア) 逸失利益その1(給与) 5560万9211円
甲第54号証及び弁論の全趣旨によれば,Cは,本件事故当時27歳であり,大学卒業後,Kに入社し,平成24年度(本件事故日である12月2日まで)の年収額は,396万0853円であったことが認められ,これに照らすと,Cは,将来平均して賃金センサス男性,大学・大学院卒の全年齢平均年収額648万1600円程度の収入を得る蓋然性があったと認められる。
そうすると,648万1600円を基礎収入とし,独身男性の生活費控除率50パーセント(0.5)を控除し,27歳から67歳までの就労可能年数40年に対応するライプニッツ係数17.1591を乗じると,Cの給与に係る逸失利益は5560万9211円であると認められる。
(計算式)
6,481,600×(1-0.5)×17.1591=55,609,211
(イ) 逸失利益その2(退職金差額)
甲第56,第60号証及び弁論の全趣旨によれば,Cは,大学を卒業後,Kに入社し,本件事故日までの勤続年数は5年8か月であったこと,同社の就業規則上の定年は60歳であること,同社の退職金規定によると,勤続年数と退職時の基本給に応じて退職金を支給する旨の定めがあることが認められる。
しかしながら,Cが27歳と若年であり,勤続年数,本件事故当時,定年である60歳まで33年を残していることなどに照らすと,Cに転職歴がないことを考慮してもなお,定年である60歳まで同社で勤務を継続する蓋然性があったとまではいえず,この場合に支給されたであろう退職金と現実に支払われた退職金との差額を逸失利益と認めることはできないというべきである。
(ウ) 慰謝料 2800万円
上記(1)ア(エ)と同様の本件事故の悲惨さを考慮すると,Cの無念は筆舌に尽くし難いというべきであり,Cは本件事故当時,27歳であったことを考慮すると,その被った精神的苦痛は,少なくとも2800万円を下らないものと認めるのが相当である。
(エ) 物損 10万円
甲第62,第63号証に加え,上記1(12)認定の事故態様を考慮すると,Cの所持品が焼損し,損害が生じたことが認められるものの,その内訳,時価は明らかでなく,損害の性質上その額を立証することが極めて困難であると認められるから,民訴法248条に基づき,その損害額を10万円と認める。
(オ) 小計
上記(ア)ないし(エ)の合計額は8370万9211円であるから,両親である原告X5らの相続額は各4185万4605円ということになる。
イ 原告X5ら固有の損害 各100万円
上記(1)ア(エ)記載のとおりの本件事故の悲惨さ,Cの遺体の損傷状況に加え,突如としてわが子を失うこととなった原告X5らの心情を考慮すると,原告X5らの精神的苦痛を慰藉するには,各100万円が相当であるというべきである。
ウ 弁護士費用 各420万円
上記のとおり,原告X5らの各損害額は4285万4605円であるところ,原告X5らが本件訴訟の提起・追行を原告ら訴訟代理人に委任したことは記録上明らかであり,上記同様の観点から弁護士費用としては各420万円をもって本件事故と相当因果関係を有する損害であると認めるのが相当である。
エ 合計
以上によると,原告X5らが有する損害賠償請求権の金額は,各4705万4605円である。
(4) 原告X7ら(D関係)
ア Dの損害 各4043万7255円
(ア) 逸失利益その1(給与) 5282万4511円
甲第64号証及び弁論の全趣旨によれば,Dは,本件事故当時,28歳であり,大学院を卒業後,Lに入社し,平成24年度(本件事故日である12月2日まで)の年収は423万4328円であったことが認められ,これに照らすと,Dは,将来平均して賃金センサス女性,大学・大学院卒の全年齢平均年収額443万4600円程度の収入を得る蓋然性があったというべきである。
そうすると,基礎収入を443万4600円とし,女性の生活費控除率の30パーセント(0.3)を控除し,28歳から67歳までの就労可能年数39年に対応するライプニッツ係数17.0170を乗じると,Dの給与に係る逸失利益は5282万4511円であると認められる。
(計算式) 4,434,600×(1-0.3)×17.0170=52,824,511
(イ) 逸失利益その2(退職金差額)
甲第66,第71号証及び弁論の全趣旨によれば,Dは,大学院を卒業後,Lに入社し,本件事故日までの勤続年数は1年9か月であったこと,同社の社員就業規則によると定年は60歳であること,同社の退職金規程上,勤続年数に応じて退職金を支払う旨の定めがあることは認められるが,Dは,本件事故当時,28歳と若年であったこと,勤続年数,定年の60歳まで32年を残していたこと等に照らすと,定年まで同社において勤務を継続する蓋然性があるとは認め難く,この場合に支給されたであろう退職金と現実に支払われた退職金との差額を逸失利益と認めることはできない。
(ウ) 慰謝料 2800万円
上記(1)ア(エ)と同様の本件事故の悲惨さを考慮すると,Dの無念は筆舌に尽くし難いというべきであり,Dは本件事故当時,28歳であったことからすれば,その被った精神的苦痛は,少なくとも2800万円を下らないものと認めるのが相当である。
(エ) 物損 5万円
甲第73号証に加え,上記1(12)の事故態様を考慮すると,D所有の所持品が焼損し,損害が生じたことは認められるが,その内訳,時価は明らかでなく,損害の性質上その額を立証することが極めて困難であると認められるから,民訴法248条に基づき,その損害額を5万円と認めるのが相当である。
(オ) 小計
上記(ア)ないし(エ)の合計額は8087万4511円であるから,両親である原告X7らの相続額は各4043万7255円ということになる。
イ 原告X7ら固有の損害 各100万円
上記(1)ア(エ)記載のとおりの本件事故の悲惨さ,Dの遺体の損傷状況に加え,突如としてわが子を失うこととなった原告X7らの心情を考慮すると,原告X7らの精神的苦痛を慰藉するには,各100万円が相当である。
ウ 弁護士費用 各410万円
上記のとおり,原告X7らの各損害額は4143万7255円であるところ,原告X7らが本件訴訟の提起・追行を原告ら訴訟代理人に委任したことは記録上明らかであり,上記同様の観点から弁護士費用としては各410万円をもって本件事故と相当因果関係を有する損害であると認めるのが相当である。
エ 合計
以上によると,原告X7らが有する損害賠償請求権の金額は,各4553万7255円である。
(5) 原告X9ら(E関係)
ア Eの損害 各4181万4605円
(ア) 逸失利益 5560万9211円
甲第74号証及び弁論の全趣旨によれば,Eは,本件事故当時,27歳であり,大学を卒業後,Mに入社し,平成24年度(本件事故日である12月2日まで)の年収額は,345万3037円であったことが認められ,これに照らすと,Eは将来平均して賃金センサス男性,大学・大学院卒の全年齢平均年収額648万1600円程度の収入を得る蓋然性があったと認められる。
そうすると,基礎収入を648万1600円,独身男性の生活費控除率を50パーセント(0.5)とし,27歳から67歳までの就労可能年数40年に対応するライプニッツ係数17.1591を乗じると,Eの給与に係る逸失利益は5560万9211円であると認められる。
(計算式)
6,481,600×(1-0.5)×17.1591=55,609,211
(イ) 慰謝料 2800万円
上記(1)ア(エ)と同様の本件事故の悲惨さを考慮すると,Eの無念は筆舌に尽くし難いというべきであり,Eは本件事故当時27歳であったことからすれば,その被った精神的苦痛は,少なくとも2800万円を下らないものと認めるのが相当である。
(ウ) 物損 2万円
上記1(12)の事故態様を考慮すると,Eの所持品が焼損し,損害が生じたことは認められるが,その内訳,時価は明らかでなく,損害の性質上その額を立証することは極めて困難であると認められるから,民訴法248条に基づき,その損害額を2万円と認めるのが相当である。
(エ) 小計
上記(ア)ないし(ウ)合計額は8362万9211円であるから,両親である原告X9らの相続額は各4181万4605円ということになる。
イ 原告X9ら固有の損害 各100万円
上記(1)ア(エ)記載のとおりの本件事故の悲惨さ,Eの遺体の損傷状況に加え,突如としてわが子を失うこととなった原告X9らの心情を考慮すると,原告X9らが被った精神的苦痛を慰藉するには各100万円と認めるのが相当である。
ウ 弁護士費用 各420万円
上記原告らの損害額は4281万4605円であるところ,原告X9らは本件訴訟の提起・追行を原告ら訴訟代理人に委任したことは記録上明らかであり,各420万円をもって本件事故と相当因果関係を有する損害であると認めるのが相当である。
エ 合計
以上によると,原告X9らが有する損害賠償請求権の金額は,各4701万4605円である。
(6) 原告X11及び原告X12
ア 固有の慰謝料 各50万円
上記(1)ア(エ)と同様の本件事故の悲惨さ,被害者ら自身の遺体の状況に加え,突如として姉妹を失うこととなった同原告らの心情を考慮すれば,同原告らについても,民法711条所定の親族に準じる姉妹として,精神的苦痛に対する損害賠償請求権を認めるべきであり,その金額は,各50万円が相当であると認められる。
イ 弁護士費用 各5万円
上記のとおり,第2事件原告らの各損害額は50万円であるところ,同原告らが本件訴訟の提起・追行を原告ら訴訟代理人に委任したことは記録上明らかであり,各5万円をもって本件事故と相当因果関係を有する損害であると認めるのが相当である。
ウ 合計
以上によると,原告X11及び原告X12が有する損害賠償請求権の金額は,各55万円である。
第4 結論
以上を総合すると,原告らの被告Y1に対する民法715条1項及び同法717条1項,被告Y2に対する同法715条1項に基づく各損害賠償請求権(被告らの各債務は共同不法行為として不真正連帯債務の関係にある。)は,原告X1らについては各4014万5853円,原告X3らについては各4155万4605円,原告X5らについては各4705万4605円,原告X7らについては各4553万7255円,原告X9らについては各4701万4605円,原告X11及び原告X12については各55万円,並びにこれらに対する原告X1らについては一部弁済の日の翌日である平成25年6月1日から,その余の原告らについては不法行為の日である平成24年12月2日から,各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度でいずれも理由があり,その余の各請求はいずれも理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。
なお,被告Y2の仮執行免脱宣言の申立てについては,その必要がないからこれを付さないものとする。
横浜地方裁判所第6民事部
裁判長裁判官  市村 弘
裁判官  中村英晴
裁判官  小野航介



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