• 相談料無料
  • 着手金無料

03-6380-1640

受付時間:平日 9時〜18時

お問い合わせ

ホーム > 判例・事例 > 運転免許取消処分取消請求事件

運転免許取消処分取消請求事件

平成28年12月9日判決言渡
平成27年(行ウ)第526号 運転免許取消処分取消請求事件
主 文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
1 東京都公安委員会が平成27年6月12日付けで原告に対してした運転免許を取り消す旨の処分を取り消す。
2 被告は,原告に対し,100万円及びこれに対する平成27年6月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,原告が,交差点安全進行義務違反をし,よって人の死亡に係る交通事故を起こしたとして,道路交通法(以下「法」という。)103条1項5号の規定により,東京都公安委員会から運転免許を取り消す旨の処分(以下「本件処分」という。)を受けたところ,本件処分が違法であると主張してその取消しを求めるとともに,違法な本件処分により著しい精神的苦痛を受けたと主
張して,被告に対し,国家賠償法1条1項に基づく損害賠償金100万円及びこれに対する本件処分の日である平成27年6月12日から支払済みまでの民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
1 関係法令等の定め
(1) 交差点安全進行義務
法36条4項は,車両等は,交差点に入ろうとし,及び交差点内を通行するときは,当該交差点の状況に応じ,交差道路を通行する車両等,反対方向から進行してきて右折する車両等及び当該交差点又はその直近で道路を横断する歩行者に特に注意し,かつ,できる限り安全な速度と方法で進行しなけ
2ればならない旨を定める。
(2) 運転免許の取消し
法103条1項5号並びに道路交通法施行令(以下「施行令」という。)38条5項1号イ及び別表第三の一の表は,運転免許を受けた者で前歴がないものが自動車等の運転に関し法の規定等に違反する行為で施行令別表第二の一の表の上欄に掲げるもの(一般違反行為)をした場合において,当該一般違反行為に係る累積点数(当該違反行為及び当該違反行為をした日を起算日とする過去3年以内におけるその他の違反行為のそれぞれについて施行令別表第二に定めるところにより付した点数の合計をいう。)が15点から24点までに該当したときは,その時におけるその者の住所地を管轄する公安委員会は,その者の運転免許を取り消すことができる旨を定め,法103条7項及び施行令38条6項2号ホは,上記規定により運転免許を取り消したときは,当該処分を受けた者が運転免許を受けることができない期間を1年と指定するものとする旨を定める。
(3) 違反行為に付する基礎点数及び付加点数
施行令別表第二の一の表並びに備考一の1及び二の38は,一般違反行為として,法36条4項の規定の違反となるような行為(交差点安全進行義務違反)を掲げ,当該違反行為に付する基礎点数を2点と定める。また,施行令別表第二の三の表及び備考一の2(イ)は,違反行為をし,よって人の死亡に係る交通事故を起こした場合であって,当該交通事故が専ら当該違反行為をした者の不注意によって発生したものである場合以外の場合における当該違反行為に付する点数は,基礎点数に,付加点数として13点を加えた点数とする旨を定める。
(4) 意見の聴取及び書面の交付
法104条1項前段は,公安委員会は,法103条1項5号の規定により運転免許を取り消そうとするときは,公開による意見の聴取を行わなければ
3ならない旨を定める。
法104条の3第1項は,法103条1項の規定による運転免許の取消しは,内閣府令で定めるところにより,当該取消しに係る者に対し当該取消しの内容及び理由を記載した書面を交付して行うものとする旨を定める。
(5) 処分量定基準
警察庁交通局長通達「運転免許の効力の停止等の処分量定基準」(平成25年11月13日付け警察庁丙運発第40号。以下「処分量定基準」という。)の第2の1(1)は,一般違反行為をしたことを理由として処分を行おうとする場合に累積点数が所定の点数に達したことにより運転免許の取消しの処分基準に該当することとなった者において,その者の運転者としての危険性がより低いと評価すべき特段の事情があるときであって,施行令38条6項の規定により運転免許を受けることができない期間が1年に該当するときは,処分を180日の運転免許の効力の停止に軽減する旨を定める(甲6)。
2 前提事実(掲記の証拠により容易に認められる事実。証拠の掲記のない事実は,当事者間に争いがない。)
(1) 原告は,中型自動車免許を受けている者であるが,平成26年8月27日
午後1時25分頃から27分頃までの間,普通乗用自動車(以下「本件車両」という。)を運転して,茨城県道○号線(以下「本件道路」という。)をα方面から国道○号線方面に向けて進行していたところ,茨城県那珂市β×番地先の交通整理の行われていない十字路交差点(以下「本件交差点」という。)において,本件道路と交差する道路(以下「本件交差道路」という。)の右
方から本件交差点に進入してきたA運転の電動アシスト自転車(以下「本件自転車」という。)に本件車両を衝突させ,同日午後6時18分頃に同人を死亡させる交通事故(以下「本件事故」という。)を起こした。
(2) 東京都公安委員会は,平成27年6月12日,原告から法104条1項の規定による意見の聴取を行った上,原告に対し,運転免許を取り消す旨の処
4分(本件処分)をするとともに,法103条7項の規定する運転免許を受けることができない期間を同日から1年と指定した。
原告に交付された本件処分に係る運転免許取消処分書には,処分理由として,以下のとおり記載されていた(甲2)。
処分の根拠法条 道路交通法第103条第1項第5号違反(事故)発生年月日 H26.8.27違反行為の種別等 交差点安全進行
事故名・種別 死
点数 15
(3) 水戸地方検察庁検察官は,平成27年6月30日,本件事故に係る原告に
対する過失運転致死被疑事件につき,公訴を提起しない処分をした(甲4)。
3 争点
(1) 本件処分の適法性
ア 本件処分の要件該当性
(ア) 本件交差点が十字路交差点であることの認識の必要性の有無(争点1)
(イ) 交差点安全進行義務違反の有無及び本件事故との間の相当因果関係の
有無(争点2)
イ 処分を軽減しなかったことについての裁量権の範囲の逸脱の有無(争点3)
ウ 手続上の違法の有無(争点4)
(2) 国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求の成否(争点5)
4 当事者の主張
(1) 本件交差点が十字路交差点であることの認識の必要性の有無(争点1)について
(被告の主張)
ア 交差点安全進行義務違反が成立するためには,違反者において,交差点
5の存在を認識していたことが必要であるが,必ずしも当該違反者が認識した交差点の形状と現実の交差点の形状が具体的に一致することを要するものではない。原告は,本件車両を本件交差点に進入させる際,本件交差点の形状が丁字路交差点であると認識していたと主張するが,原告の主張を前提としても,法2条1項5号にいう交差点の存在を認識している以上,原告には交差点安全進行義務違反が成立するというべきである。
イ なお,以下の事情からすれば,原告は,本件交差点が十字路交差点であることは容易に認識できた。
(ア) 本件道路の見通し状況によれば,衝突地点の50m手前(α方面)の地点から,本件交差点が十字路交差点であることは容易に認識できる。
(イ) 本件交差点の左側の歩道上に設置されたカーブミラーの向きから,本件交差点の右方に本件交差道路が存在すること,すなわち,本件交差点が十字路交差点であることは容易に推認できる。
(ウ) 本件道路の外側線のうち,右方に伸びる本件交差道路と交差する部分が,実線ではなく破線で示されているから,本件交差点が十字路交差点であることは容易に認識できる。
(原告の主張)
ア 原告は,本件事故時には本件交差点が丁字路交差点であると認識しており,十字路交差点であるとは認識していなかった。
被告は,原告が,丁字路交差点であることを認識していた以上,交差点の存在の認識があったことには変わりがないから,交差点安全進行義務違反が成立することに変わりはないと主張するが,本件交差点を通過する場合,丁字路交差点であると認識するか,十字路交差点であると認識するかによって,運転者の心構えや想定する事態が異なるのであるから,被告の
主張は誤っている。
6
イ また,以下の事情からすれば,原告が,本件事故当時,本件交差点が十字路交差点であることを認識できなかったとしてもやむを得ない。
(ア) 本件交差点は,よほど近くまで行かないと,実は丁字路交差点ではなく,右方に本件交差道路がある十字路交差点であることに気付かない構造になっている。
(イ) 原告が本件道路を自分で運転して本件交差点を通過したのは本件事故時が初めてであった。
(ウ) 本件事故当時,原告の進行方向に十字路交差点があることを示す道路標示や道路標識はなかった。
(2) 交差点安全進行義務違反の有無及び本件事故との間の相当因果関係の有無(争点2)について
(被告の主張)
ア 原告は,右方から本件交差点に進入してきた本件自転車に気付かなかったというのであるから,交差点の状況に応じ,交差道路を通行する車両等に特に注意しなかったといえる。そして,原告は,前方の安全を確認するという運転者としての基本的な義務を怠って本件交差点に進入し,その結果,本件事故を発生させたのであるから,原告に交差点安全進行義務違反が成立することは明らかである。原告は,前方注視義務違反はないと主張するが,原告は,実況見分や司法警察員による二度の取調べにおいて,本件事故を起こした主たる原因は,自身が案内標識に気を取られていたことにある旨を供述しているから,原告に前方注視義務違反が認められることは証拠上明白である。
イ 原告が案内標識に気を取られることなく,前方を注視しながら本件車両を運転していたのであれば,原告は,衝突地点から手前(α方面)に50m遡った位置からでも,本件交差点の手前で一時停止している本件自転車を容易に発見し得たものと認められる。そして,60km毎時の速度で走
7行する車両の停止距離は約33mとなるところ,衝突地点から手前(α方面)に33m遡った位置からでも,本件自転車の存在を容易に発見することが可能であったものと認められるから,同地点において急ブレーキ等の
措置を講じていれば,本件事故を回避することは可能であった。しかしながら,原告は,交差点安全進行義務を果たすことなく,本件車両を本件交差点に進入させたことにより,Aを死亡させる本件事故を惹起させたから,原告の交差点安全進行義務違反と本件事故の間には相当因果関係が優に認められる。
(原告の主張)
原告は,本件交差点に近づくに当たって,ずっと前方を見ていたのであり,前方注視義務違反はない。原告が案内標識を見ていたのは,せいぜい二,三秒程度の極めて短い時間であり,そのことが本件自転車の発見が遅れた原因ではない。原告が本件自転車に気付いたのは本件事故の直前であり,本件車両の速度が50ないし60km毎時であったことを考えると,急ブレーキをかけて左ハンドルを切ったにもかかわらず,衝突を回避できなかったのはやむを得ない。原告が本件事故の直前まで本件自転車に気付かなかったのは,対向車線を走る数台の対向車両の陰になって,本件交差点への進入を開始した本件自転車が見えなかったためである可能性が高い。検察官が本件事故につき不起訴処分としたことからしても,原告に前方注視義務違反がないことは明らかである。
(3) 処分を軽減しなかったことについての裁量権の範囲の逸脱の有無(争点3)について
(原告の主張)
交通事故の被害の程度又は不注意の程度のいずれか一方が軽微であり,かつ,その他にも危険性がより低いと評価すべき事情がある場合には,処分量定基準の第2の1にいう「運転者としての危険性がより低いと評価すべき特
8段の事情」があるものとして,処分を軽減すべきである。本件では,仮に,原告に本件自転車の発見が遅れたという不注意があったとしても,本件道路が優先道路であるにもかかわらず左右を確認することなく漫然と本件交差点に進入してきたAの不注意の方がはるかに大きいのであって,原告の不注意の程度は軽微であるというべきである。加えて,原告は,昭和46年に運転免許を取得して以来,四十数年運転してきたが,この間人身事故を起こしたことは一度もなく,本件事故当時も法定速度で走行しており,危険な運転などをしていたわけではない。したがって,原告には,上記「特段の事情」があるから,180日の運転免許の効力の停止に軽減すべきであったにもかかわらず,軽減しなかった本件処分は,裁量権の範囲を逸脱しており,違法である。
(被告の主張)
Aが左右を確認することなく漫然と本件交差点に進入したとの原告の主張は憶測にすぎず,むしろ,Aは,本件交差点の手前で一時停止をして,自身の右方から走行してくる車両が通過するのを確認した後,本件交差点に進入したこと,原告が交差点安全進行義務を果たしていれば,本件事故を回避することは十分に可能であったこと,本件事故によってAの死亡という重大な結果が発生していることからすれば,原告につき,処分量定基準の第2の1にいう「運転者としての危険性がより低いと評価すべき特段の事情」があるとはいえない。原告が本件事故を除き人身事故を惹起したことがないこと,本件事故当時も法定速度で走行するなど危険な運転をしていないことは,善良な運転者であれば当然の事情にすぎず,そのことをもって,上記「特段の事情」があるとはいえない。したがって,原告には,上記「特段の事情」があるとは認められないから,本件処分が,裁量権の範囲を逸脱したものとして違法であるとは認められな
9い。
(4) 手続上の違法の有無(争点4)について
(原告の主張)
ア 平成27年6月12日に行われた意見の聴取が終了したのは午前11時頃であり,処分の告知が始まったのが午後0時15分頃であったから,運転免許取消処分書を作成する時間を考えると,実質的な審議時間は1時間もなかったものと考えられる。意見の聴取の際に原告の補佐人(本件訴訟の代理人弁護士)が提出した意見書と捜査資料を照らし合わせるにはそれなりの時間がかかると思われ,わずか1時間足らずで完了するとは思えない。しかも,当日の意見の聴取は,原告を含む17名に対して行われたものであり,1時間程度で17名に係る案件を審査したことを考えれば,原告の補佐人が提出した意見書が十分検討されたとは考えられない。したがって,本件処分は,事実関係等について十分な検討をした上でなされたものとはいえないから,違法である。
イ 原告に交付された運転免許取消処分書には,処分理由として,「交差点安全進行」と記載されているが,あまりにも抽象的であり,原告が具体的にどのような行動を取るべきであったのか,どの点に原告の過失があったというのか,全く不明確である。したがって,本件処分には,理由不備の違法がある。
(被告の主張)
ア 東京都公安委員会は,本件事故に係る過失運転致死被疑事件に関して作成された原告の供述調書や実況見分調書等の内容を事前に把握した上で意見の聴取を行い,意見の聴取の際,原告及び補佐人に対して意見を述べる機会を与えていることに加え,原告及び補佐人名義の意見書を受理していることからすれば,意見の聴取の終了から本件処分の告知まで1時間程度であったことをもって,手続上の違法があったとはいえない。
10
イ 原告に交付された運転免許取消処分書の記載内容に照らせば,本件処分が,本件の安全進行義務違反行為及び本件事故についてなされたものであることは十分うかがい知ることができるから,本件処分には,理由不備の違法は認められない。
(5) 国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求の成否(争点5)について
(原告の主張)
東京都公安委員会は,違法な本件処分を行ったのみならず,検察官が本件事故につき不起訴処分を行ったにもかかわらず速やかに本件処分を取り消さない。同委員会のこれらの行為により,原告は著しい精神的苦痛を受けたところ,その損害額は100万円を下らない。よって,原告に対しては,国家賠償法1条1項に基づき,慰謝料100万円及び遅延損害金の損害賠償がなされるべきである。
(被告の主張)
本件処分は適法である。また,行政処分と刑事処分は,その性質,目的,主体等を異にする別個独立のものであって,行政庁は,刑事処分の結果に拘束されることなく,独自の立場と責任において処分理由となる事実を認定して行政処分を行うことができるから,本件事故につき公訴が提起されたか否かという点は,本件処分に係る行政庁の手続に何ら影響を及ぼさない。したがって,東京都公安委員会が本件処分を行ったこと,検察官が不起訴処分を行ったにもかかわらず本件処分を取り消さないことにつき,国家賠償法上の違法はなく,被告に同法1条1項に基づく損害賠償責任がないことは明白である。
第3 当裁判所の判断
1 認定事実
掲記の証拠等によれば,以下の事実が認められる。
(1) 本件道路は,南西(α方面)から北東(国道○号線方面)にほぼ直線に伸
11びる片側一車線の道路であり,各車線の幅員は3.1mである。本件道路においては道路標識等により最高速度は指定されていないため,最高速度は60km毎時である。本件交差道路は,南北に伸びるセンターラインのない幅員4.9mの市道であり,本件交差点において本件道路と交差している(以下,本件交差道路のうち,本件交差点から南に伸びる部分を「本件右方交差道路」という。)。本件道路は,本件交差道路に対して優先道路となっている。本件右方交差道路には,本件交差点の手前に停止線が引かれており,一時停止の交通規制がなされている。本件道路をα方面から国道○号線方面に進行した場合,本件道路の右側に並行して本件道路より高い位置に常磐自動車道が設けられているため,常磐自動車道の土留めや樹木の存在により,右方の見通しは悪い。常磐自動車道の土留めは,本件交差点付近で切れており,土留めが切れた部分から,南に向けて本件右方交差道路が伸びており,本件右方交差道路は,常磐自動車道の下部に設けられたトンネルを抜けてさらに南に伸びている。
(以上につき,甲3,乙3,14,弁論の全趣旨)
(2) Aは,本件事故当時,本件自転車を運転して,本件右方交差道路を南から北に向けて進行していたところ,本件交差点手前の停止線を少し超えた本件交差点手前の地点(以下「本件停止地点」という。)において一時停止した。一時停止後,本件道路を国道○号線方面からα方面に向けて進行してきた1台の車両(本件車両の対向車線を進行していたことになる。以下「本件対向車両」という。)が,本件交差点を通過した。本件対向車両の通過後,Aは,本件自転車を発進させ,本件交差点に進入したところ,本件道路をα方面から国道○号線方面に向けて進行してきた原告運転の本件車両と,本件交差点の中の本件車両の走行車線(以下「原告走行車線」という。)上の地点(以下「本件衝突地点」という。)において衝突した。
12本件停止地点から本件衝突地点までの距離は,4.7mである。(以上につき,乙10から12まで)
(3) 原告は,本件車両を運転して,本件道路の原告走行車線上をα方面から国道○号線方面に向け,約60km毎時の速度で進行していたところ,本件衝突地点の8.3m手前の地点において,本件交差点に進入してきた本件自転車を発見したため,急ブレーキをかけ,左ハンドルを切って本件自転車を避けようとしたが,間に合わず,本件衝突地点において本件自転車と衝した(甲8,10,乙3,5,9)。
(4) 本件事故当時,本件衝突地点付近においては,小雨が降っていた(甲8,10,乙9,11,12)。
2 本件交差点が十字路交差点であることの認識の必要性の有無(争点1)について
本件において,原告は,本件交差点が丁字路交差点であると認識しており,右方に本件右方交差道路がある十字路交差点であるとは認識していなかったと主張している。そこで,以下では,原告が法36条4項の規定の違反となるような行為(交差点安全進行義務違反)をしたとして本件処分をするためには,原告において本件交差点が十字路交差点であることを認識していたことが必要か否かを検討する。
(1) 法36条4項は,交差点に入ろうとし,及び交差点内を通行する車両等の運転者に対し,当該交差点の状況に応じ,交差道路を通行する車両等,反対方向から進行してきて右折する車両等及び当該交差点又はその直近で道路を横断する歩行者に特に注意し,かつ,できる限り安全な速度と方法で進行すべきことを義務付けている。これは,交通上特に危険性の高い場所である交差点(その付近を含む。)における事故防止という見地,目的から,交差点に入ろうとする車両等の運転者に対し,一般道路とは異なる特別の注意義務を規定したものであると解される。このような同項の趣旨に加え,同項が
13「当該交差点の状況に応じ,」と定めていることからすれば,同項は,交差点に入ろうとし,及び交差点内を通行する車両等の運転者に対し,当該交差点の具体的形状を含む当該交差点の状況を正確に認識・把握した上で,その認識・把握したところの交差点の状況に応じた安全進行を義務付ける趣旨であると解される。したがって,車両等の運転者が,当該交差点の具体的形状を認識・把握することが客観的に可能であったにもかかわらず,これを誤認したため,交差道路を通行する車両等に気付かず,安全な速度と方法で進行すべき義務を怠ったような場合には,当該交差点の状況に応じた安全進行をしなかったものとして,法36条4項の規定の違反になるものと解すべきであり,交差点の具体的形状の認識に欠けるとして同項の規定の違反にはならないとの解釈を取ることは相当でないというべきである。すなわち,同項の規定の違反となるような行為に該当するためには,交差点を認識した運転者において,当該交差点の具体的形状を認識することが客観的に可能であることを必要とするとはいい得ても,当該交差点の具体的形状を実際に認識していることは必要がないと解するのが相当である。
(2) これを本件についてみると,原告は,本件事故時には本件交差点が丁字路交差点であると認識しており,右方に本件右方交差道路がある十字路交差点であるとは認識していなかったと主張するのであるが,上記(1)の検討からすれば,原告の行為が法36条4項の規定の違反となるような行為に該当するためには,原告において本件交差点が十字路交差点であることを認識していたことは必要がないというべきである。これに対し,原告は,本件交差点を通過する場合,丁字路交差点であると認識するか,十字路交差点であると認識するかによって,運転者の心構えや想定する事態が異なると主張し,具体的には,本件交差点を,右方に本件右方交差道路がある十字路交差点であると認識していなかったとすれば,右方
14から優先道路である本件道路を横断する車両等があることは想定できないと主張する。確かに,交差点の具体的形状の認識の内容によって,交差点の状況に応じた安全進行義務の具体的内容は変わり得るものと考えられるが,上記(1)の検討からすれば,交差点の状況に応じた安全進行義務の具体的内容は,運転者が実際に認識した交差点の具体的形状ではなく,運転者が客観的に認識し得た交差点の具体的形状に沿って定まるものというべきである。したがって,原告の上記主張は採用できない。
(3) そこで,次に,原告において,本件交差点が,右方に本件右方交差道路がある十字路交差点であることを認識することが客観的に可能であったか否かを検討する。証拠(乙14の写真④)によれば,本件車両の進行方向を基準として,本件衝突地点の50m手前(α方面)の原告走行車線上の地点(以下「本件視認可能地点」という。)から本件交差点付近を見ると,本件道路の右側に設けられている常磐自動車道の土留めが本件交差点付近で切れていることを視認することが可能であり,本件右方交差道路の路面をわずかながらも視認することが可能であると認められる。さらに,土留めが切れている付近の本件道路の外側線が破線となっていること,土留めが切れている部分の本件道路を挟んで反対側の歩道(すなわち,本件車両の進行方向を基準とすると,本件
道路の左側の歩道)上にカーブミラーが設けられており,その鏡面が土留めが切れている部分に向けられていることをも視認することが可能であると認められる。以上の認定は,原告が,本件事故当時,小雨が降っている中,約60km毎時の速度で走行する本件車両内から上記状況を視認する必要があったことを考慮しても,左右されない。そうすると,本件視認可能地点から本件交差点付近を見たときに,土留めが切れている部分から,右方に向けて本件右方交差道路が伸びていること,すなわち,本件交差点が,右方に本件右方交差道路がある十字路交差点であ
15ることは,原告において客観的に認識可能であったと認められる。
(4) したがって,原告は,本件交差点が,右方に本件右方交差道路がある十字路交差点であることを前提として定まる内容の交差点安全進行義務を履行する必要があったということになる。
3 交差点安全進行義務違反の有無及び本件事故との間の相当因果関係の有無(争点2)について
被告は,交差点安全進行義務違反の具体的内容として,前方の安全を確認するという義務を怠ったこと,すなわち前方注視義務違反を主張するものと解される。そこで,以下では,まず,原告から見て本件自転車を視認することが可能であったか,仮に可能であったとした場合,視認可能な時点において適切な措置を執っていれば本件自転車との衝突を回避することが可能であったかを検討した上,これを前提として,交差点安全進行義務違反の有無及び本件事故との間の相当因果関係の有無について検討することとする。
(1) 本件自転車の視認可能性及び結果回避可能性について
ア 本件自転車の視認可能性について
(ア) 証拠(乙14の写真④)によれば,本件視認可能地点から,本件停止地点に置かれた自転車及び本件交差点を視認することが可能であると認められる。
(イ) そこで,次に,本件車両が本件視認可能地点に到達した時点における本件自転車の位置を検討する。約60km毎時の速度で走行していた本件車両が50m走行するのにかかる時間は約3秒であるから,原告が本件衝突地点の8.3m手前の地点において急ブレーキをかけ,左ハンドルを切ったことを考慮しても,本件車両が,本件視認可能地点から50m先の本件衝突地点至るまで
にかかる時間は3秒余りであったと認められる。そこで,衝突の3秒余り前の時点における本件自転車の位置を検討す
16ると,証拠(乙11)によれば,本件右方交差道路において本件自転車の後方を走行していた車両の運転者が,本件自転車が本件停止地点において一時停止した際,その後方において,ギアをニュートラルにし,サイドブレーキをかけて自らが運転する車両を停止させた事実が認められる。この事実からは,本件自転車が本件停止地点において停止していた時間が相当程度あったことを推認できるから,本件停止地点から本件衝突地点までの距離が4.7mあり,その間を本件自転車が移動するのに一定の時間を要することも併せ考慮すれば,衝突の3秒余り前の時点において,本件自転車が本件停止地点に到達していなかったとは考え難い。そうすると,衝突の3秒余り前の時点,すなわち,本件車両が本件視認可能地点に到達した時点において,本件自転車は,本件停止地点にお
いて停止していたか,又は既に本件停止地点を発進して本件交差点に進入していたものと認めるのが相当である。
(ウ) 上記(ア)及び(イ)からすれば,原告は,本件車両が本件視認可能地点に到達した時点において,本件停止地点において停止していたか,又は既に本件停止地点を発進して本件交差点に進入していた本件自転車を視認することが可能であったと認められる。
イ 結果回避可能性について
(ア) 本件視認可能地点から本件衝突地点までは50mという十分な距離があったことからすれば,本件事故当時に小雨が降っていたことを考慮しても(証拠(甲11)及び弁論の全趣旨によれば,摩擦係数を濡れたアスファルトの0.45で計算した場合,本件車両の停止距離は約44mとなることが認められる。),原告は,本件車両が本件視認可能地点に到達した時点以降,本件自転車の動静に応じて,必ずしも急ブレーキによらずとも適切な減速の措置を執っていれば,本件車両が本件衝突地点に到達する前に本件自転車が本件衝突地点を通過するなどして,本件車両
17と本件自転車との衝突を回避することが可能になったものといえる。
(イ) 前記ア及び上記(ア)を総合すれば,原告は,前方を注視していれば,遅くとも本件車両が本件視認可能地点に到達した時点において,本件停止地点において停止していたか,又は既に本件停止地点を発進して本件交差点に進入していた本件自転車を発見することができ,その時点以降,本件自転車の動静に応じて適切な減速の措置を執ることにより,本件自転車との衝突を回避することが可能であったと認められる。
ウ これに対し,原告は,原告走行車線の対向車線(以下,単に「対向車線」という。)を走る数台の対向車両の陰になって,本件交差点への進入を開始した本件自転車が見えなかった可能性が高いと主張するので,検討する。
(ア) 確かに,本件自転車が本件交差点への進入を開始する前に,対向車線(本件車両の進行方向を基準とすると,原告走行車線の右側を対向車線が走っている。)上を走行する本件対向車両が本件交差点を通過しているため,原告から見て,一時的に,本件自転車が,本件対向車両の死角に入った可能性も否定できない。しかしながら,本件車両も本件対向車両も本件道路上を互いに逆方向に進行し続けており,その間,本件車両から見たときの本件対向車両による死角は本件交差点から手前(α方面)に移動し続ける一方,本件自転車は本件停止地点に停止していたか,又は既に本件交差点への進入を開始し,死角の移動方向とは逆方向に動いていたはずであるから,本件車両の走行速度が60km毎時であったことも考慮すれば,本件自転車が本件対向車両の死角に入ったとしても,それは一瞬のことであったと推認される。そうすると,本件車両が本件視認可能地点に到達した時点以降,本件自転車との衝突の回避が不可能になる時点までの間,ずっと本件自転車が,本件対向車両の死角に入り続けたとは考えられず,原告が本件自転車を視認することは可能であったと認めるのが相当である。
18
(イ) 次に,本件対向車両以外に,本件自転車に対する視界の妨げとなった対向車両が存在した可能性について検討する。原告は,①対向車線は,国道○号線方面からα方面に向かう車両でかなりの通行量があり,大型車両も頻繁に通行している,②本件交差点の約200m先(国道○号線方面)に信号機の設置された十字路交差点があり(甲3の写真7,16),同交差点で赤信号により停止していた車両が青信号で一斉に発進して対向車線を走行するため,何台も続けてα方面に向けて本件交差点を通過することが多い(甲3の写真13から17まで),③このような車両の通行量を考えると,原告もAも本件事故直前まで互いの存在に気付かなかったのは,本件事故直前に互いの存在に気付かないほど多くの対向車両が,α方面に向けて本件交差点を通過したからであると考えるのが最も合理的である,と主張するが,推測を述べるものにすぎず,本件事故当時,本件対向車両以外に,本件自転車に対する視界の妨げとなった対向車両が実際に存在したことをうかがわせる事情とはいえない。原告自身,平成26年9月15日の弁護士(本件訴訟の代理人)による事情聴取の際は,事故時には対向車両はなかったと述べていたものであり(甲8),同年11月11日の同弁護士との現場調査の際,対向車線を車両が頻繁に走っている様子等を見て,対向車両の陰に隠れて本件自転車が動き出したのが見えなかったのではないかということに思い当たったというにすぎず(甲10,原告本人),実際に本件事故直前に対向車両が存在したことを目撃したわけではない。むしろ,本件停止地点で停止していた本件自転車が,本件対向車両の通過後に本件交差点への進入を開始した事実は,少なくとも,本件対向車両の後続車両は存在しなかったことを推認させる事実であるといえる。また,仮に本件対向車両以外に複数の対向車両が存在したとしても,
19上記(ア)と同様の理由により,本件車両が本件視認可能地点に到達した時点以降,本件自転車との衝突の回避が不可能になる時点までの間,ずっと本件自転車が,これらの複数の対向車両の死角に入り続けたとは考え難い。
上記の検討からすれば,本件対向車両以外に,本件自転車に対する視界の妨げとなった対向車両が存在したとは認め難く,仮に対向車両が存在したとしても,原告が本件自転車を視認することは可能であったと認めるのが相当である。
(ウ) 以上のとおりであるから,対向車両の存否等に関する原告の主張を採用することはできない。
エ また,原告は,検察官が本件事故につき不起訴処分としたことからも,原告に前方注視義務違反がないことは明らかであるとも主張する。しかしながら,検察官が本件事故につき不起訴処分とした理由は明らかでないから,検察官の上記処分によって上記ア及びイの認定が左右されるものではない。
(2) 交差点安全進行義務違反の有無について
ア 前記(1)アのとおり,原告は,本件車両が本件視認可能地点に到達した時点において,本件停止地点において停止していたか,又は既に本件停止地点を発進して本件交差点に進入していた本件自転車を視認することが可能であったにもかかわらず,前記1(3)のとおり,本件衝突地点の8.3m手前の地点に至るまで,本件自転車を発見できなかったものである。この事実自体,原告が前方を注視していなかったことを推認させるといえる。このことに加え,原告が,実況見分(乙3)及び司法警察員による取調
べ(乙5,9)において,本件衝突地点の102.9m手前(α方面)の地点に差しかかったとき,225.3m先(国道○号線方面)の上方に設置されている案内標識が目に入ったので,その案内標識の方に気を取られ
20ながら走って行った,そして,本件衝突地点の8.3m手前の地点に差しかかると,突然,横断してくる本件自転車が目に入ったとの趣旨の供述をしていることをも併せ考慮すれば,原告は,前方にある本件交差点を注視しなかったため,本件衝突地点の8.3m手前の地点に至るまで,本件自
転車を発見できなかったものと認めるのが相当である。これに対し,原告は,本件訴訟において,本件交差点に近づくに当たっ
て,ずっと前方を見ていたと主張するとともに,案内標識を見ていたのは,せいぜい二,三秒程度の極めて短い時間であったと主張し,これらの主張に沿う供述をする(甲10,原告本人)。しかしながら,60km毎時の速度で走行する車両の3秒間の走行距離は50mであるから,仮に原告が主張するとおり,案内標識を発見した3秒後に案内標識から視線を外していたとしても,その時点で本件衝突地点の52.9m手前の地点を走行していたことになるが,そうであるとすれば,これまでの検討に照らし,本件衝突地点の8.3m手前の地点に至るまで本件自転車を発見できなかったとは考え難い。また,原告は,陳述書(甲10)及び本人尋問において,本件道路から左折すべき道が分からなかったため,案内標識を確認したいと考えていたところ,上記の案内標識を発見したものの,遠すぎて地名は読めなかった,地名がどうなっているか注視したのは事実であるとの趣旨の供述をしており,そうであるとすれば,原告が,案内標識を確認することに気を取られ,前方にある本件交差点を注視しなかったということは十
分にあり得るというべきである。よって,この点に関する原告の主張を採用することはできない。
イ 上記アに加え,前記2の検討,前提事実(1)及び前記1(3)の認定事実を総合すると,以下の事実を認定できる。
すなわち,原告は,本件車両を運転して,本件道路を進行し,前方にある本件交差点に入ろうとするに当たり,本件交差点は,右方に本件右方交
21差道路がある十字路交差点であったから,本件右方交差道路から本件交差点に進入する車両等に特に注意し,できる限り安全な速度と方法で進行すべき義務があるのにこれを怠り,本件右方交差道路上の本件停止地点に停止し,又は本件右方交差道路から本件交差点に進入してきた本件自転車に気付かないまま,適切な減速の措置を執ることなく漫然と約60km毎時
の速度で進行し続けたため,その後に本件自転車を発見した時点で衝突回避のための措置を執ったものの,間に合わず,本件交差点において本件車両を本件自転車に衝突させたものである。原告のこの行為が,法36条4項の規定の違反となるような行為,すなわち,交差点安全進行義務違反に該当することは明らかである。
(3) 交差点安全進行義務違反と本件事故との間の相当因果関係の有無について
前記(1)のとおり,原告は,前方を注視していれば,遅くとも本件車両が本件視認可能地点に到達した時点において,本件停止地点において停止していたか,又は既に本件停止地点を発進して本件交差点に進入していた本件自転車を発見することができ,その時点以降,本件自転車の動静に応じて適切な減速の措置を執ることにより,本件自転車との衝突を回避することが可能であったと認められる。したがって,上記(2)イで認定した交差点安全進行義務違反と本件事故との間の相当因果関係を認めることができる。
4 処分を軽減しなかったことについての裁量権の範囲の逸脱の有無(争点3)について
既に述べたとおり,原告は,前方を注視して運転するという,運転者としての基本的な義務を怠った結果,本件車両を本件自転車と衝突させ,Aを死亡させたものである。確かに,原告の主張するとおり,本件の事故態様からすれば,Aは,左方の安全を十分に確認することなく本件交差点に進入したことが推認
22されるのであって,本件道路が本件交差道路に対して優先道路であったことも考慮すれば,Aの過失の程度は大きいというべきであるが,上記のような原による交差点安全進行義務違反の内容を考慮すれば,Aの過失の程度,原告が本件事故以外に人身事故を起こしたことは一度もないこと等,告が主張する諸事情を考慮しても,原告につき,処分量定基準の第2の1にいう「運転者としての危険性がより低いと評価すべき特段の事情」があると認めることは困難である。したがって,東京都公安委員会が,処分量定基準の第2の1(1)によって処分を軽減しなかったことが,裁量権の範囲を逸脱するものとして違法であるとは認められない。
5 手続上の違法の有無(争点4)について
(1) 原告は,本件処分は,意見の聴取が終了した後,わずか1時間足らずの間に,原告を含む17名に係る案件の審査を経た上でなされたものであるから,事実関係等について十分な検討をした上でなされたものとはいえないとして,違法であると主張する。
しかしながら,東京都公安委員会は,原告を被疑者とする過失運転致死被疑事件に関して作成された原告の供述調書や実況見分調書等の内容を事前に把握した上で,意見の聴取を行ったというのであるから(乙13),これらの資料により事前に把握していた事実関係を踏まえ,意見の聴取の際に原告及び補佐人が述べた意見(乙13)並びに補佐人が提出した意見書(甲3)の内容につき必要な検討を行うことが,不可能であったとまではいえない。もっとも,上記の意見書(甲3)には,原告の供述調書(乙5,9)には記載されていない主張が含まれており,その主張の当否については,より時間をかけて慎重に検討することが望ましかったともいえなくはないが,前記1から4までの検討に照らせば,東京都公安委員会において上記主張を慎重に検討したとしても,本件処分とは異なる結論を導き出していたものとは認
23め難いから,上記の点は,本件処分の取消事由となるべき手続的瑕疵には当たらないというべきである。そのほかに東京都公安委員会が事実関係等について十分な検討をすることなく本件処分を行ったことをうかがわせる証拠はないから,原告の主張する手続上の違法があるということはできない。
(2) 原告は,本件処分に係る運転免許取消処分書に記載された処分理由が不明確であるとして,理由不備の違法があると主張する。
そこで検討すると,法104条の3第1項が,法103条1項の規定による運転免許の取消しは,理由を記載した書面を交付して行うものとする旨を定めているのは,名宛人に運転免許のはく奪という不利益を与える当該処分の性質に鑑み,処分庁の判断の慎重や合理性を担保してその恣意を抑制するとともに,処分の理由を名宛人に知らせて不服の申立てに便宜を与える趣旨に出たものであると解される。本件処分に係る運転免許取消処分書には,本件処分の理由として,前記前提事実(2)のとおりの記載がされていたところ,この記載から,原告が,平成26年8月27日,交差点安全進行義務違反をし,よって人の死亡に係る交通事故(本件事故)を起こしたため,累積点数が15点に達したとの理由に基づき,法103条1項5号の規定により本件処分を行うということが十分に理解可能であること,交差点安全進行義務違反の具体的内容は記載されていないものの,原告としては,司法警察員の取調べ(乙5,9)等を通じて,案内標識に気を取られたことや進路前方をよく見ていなかったことが問題視されていることは理解できたものと考えられることからすれば,上述したとおりの法104条の3第1項の趣旨に適った理由の記載があるといえる。

したがって,本件処分に係る運転免許取消処分書の理由付記に違法な不備があるということはできず,この点についての原告の主張は採用することができない。
24
6 国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求の成否(争点5)について
(1) 前記3の検討によれば,原告は,交差点安全進行義務違反をし,よって人の死亡に係る交通事故を起こしたといえるから,違反行為に係る累積点数は,交差点安全進行義務違反に付する基礎点数2点と付加点数13点の合計15点となる。したがって,本件処分の要件は満たしていたものといえる。そして,前記4のとおり,処分を軽減しなかったことについて裁量権の範囲を逸脱した違法は認められず,前記5のとおり,手続上の違法も認められない。したがって,本件処分が違法であるとは認められない。
(2) 原告は,検察官が本件事故につき不起訴処分を行ったにもかかわらず速やかに本件処分を取り消さないことが違法である旨の主張もする。しかしながら,行政処分と刑事訴訟法に基づく公訴の提起は,その性質,目的,主体を異にする別個独立のものであって,行政庁は,公訴の提起に係る検察官の判断に拘束されることなく,独自の責任において処分理由となる事実を認定して行政処分を行うことができるのであるから,本件事故につき公訴を提起しない処分がなされたからといって,それだけで本件処分を取り消すべきであるとはいえない。そして,上記(1)のとおり,そもそも本件処分が違法であるとは認められないから,本件処分を取り消さないことが違法であるとは認められない。
(3) 以上のとおりであるから,東京都公安委員会が本件処分をした行為及び本件処分を取り消さない行為が国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けるものと認めることはできず,同項に基づく原告の損害賠償請求は理由がない。
第4 結論
以上のとおり,原告の請求はいずれも理由がないから,これらを棄却することとして,主文のとおり判決する。
25
東京地方裁判所民事第3部
裁判長裁判官 古 田 孝 夫
裁判官 荒 谷 謙 介
裁判官 南 宏 幸



ページの先頭へ戻る