• 相談料無料
  • 着手金無料

0120-524-589コツジコハヤク

受付時間:9時〜18時【年中無休】

お問い合わせ

ホーム > 判例・事例 > 加害者(被保険者)の未必の故意による交通事故によって生じた損害について、故意免責条項が適用されずに、保険金の支払いが命じられた事例

加害者(被保険者)の未必の故意による交通事故によって生じた損害について、故意免責条項が適用されずに、保険金の支払いが命じられた事例

加害者(被保険者)の未必の故意による交通事故によって生じた損害について、自動車保険普通保険約款第1章7条の故意免責条項が適用されずに、保険金の支払いが命じられた事例。

 

東京地方裁判所判決/昭和58年(ワ)第2885号

判決日付:昭和60年10月25日

 

主   文

一 被告は、原告らそれぞれに対し、各二七二万四六一三円及びこれらに対する昭和五五年五月一五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
三 この判決は、主文第一項に限り仮に執行することができる。

事   実

第一 当事者双方の求めた裁判
一 請求の趣旨
主支第一、二項と同旨の判決及び同第一項につき仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 事故の発生
古屋功(以下「亡功」という。)は、昭和五四年一〇月一〇日午前一時ころ、甲府市下飯田一丁目一三番九号先道路上(以下「本件事故現場」という。)において、熊田昌弘(以下「熊田」という。)が運転してきて停止させていた同人所有の普通乗用自動車(山梨五五の八二九九号、以下「加害車両」という。)のドアのノブをつかんで同車の発進を阻止しようとしていたところ、熊田が加害車両を急に発進させたため、同車に引きずられて路上に転倒するという事故(以下「本件交通事故」という。)が発生し、亡功は、頭蓋骨骨折、急性頭蓋内血腫の傷害を受け、同月一三日死亡した。
2 確定判決の存在
そこで、亡功の妻子である原告らは、熊田を被告として、本件交通事故による損害賠償の訴えを提起し、追行した結果、東京高等裁判所は、昭和五七年一〇月二七日、次のとおり右熊田に対し、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条の責任を認め、以下の損害を認定したうえ、原告らそれぞれにつき各二七二万四六一三円及びこれらに対する昭和五五年五月一五日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払いを命ずる判決(同裁判所昭和五六年(ネ)第一八号)を言い渡し、右判決は同年一一月中旬ころ確定した(以下「本件確定判決」という。)。
(一)亡功の損害 合計二四九〇万六五四六円
(1)入院関係費 三万八三九五円
(2)逸失利益 二一三六万八一五一円
(3)死亡に至る苦痛の慰籍料 三五〇万円
(二)原告らの相続
原告らは、法定相続分にしたがい各三分の一の割合で(各八三〇万二一八二円)で亡功の右損害賠償請求権を相続した。
(三)原告らの損害
(1)葬儀費用 各自一一万六六六六円
(2)原告ら固有の慰籍料 各自七五万円
(3)弁護士費用 各自二五万円
(4)損害のてん補 各自六六九万四二三五円
(四)熊田の支払賠償額
前記(二)及び(三)(1)から(3)までの合計額から(4)の金額を控除すると、残額は、原告らそれぞれにつき各二七二万四六一三円となるから、熊田の原告らに対して支払うべき賠償額は、それぞれに対し、右各金員及び右各金員に対する昭和五五年五月一五日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金ということになる。
3 保険契約
(一)熊田は、昭和五四年二月一五日、被告との間で、加害車両につき、記名被保険者を同人、対人賠償事故の場合の保険金限度額を七〇〇〇万円、保険期間を昭和五四年二月一五日から昭和五五年二月一五日までとする等の内容の自家用自動車保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した。
(二)本件保険契約に適用される自家用自動車保険普通保険約款(以下「本件約款」という。)第一章第六条には、被保険者が損害賠償請求権者に対して負担する法律上の損害賠償責任の額について、被保険者と損害賠償請求権者との間で判決が確定したときは、損害賠償請求権者は、被告が被保険者に対しててん補責任を負う限度において、直接被告に対して損害賠償額の支払を請求できる旨の条項がある。
4 結論
よって、原告らは、それぞれ被告に対し、本件保険契約の本件約款に基づき前記判決によって確定された損害賠償額と同額の各二七二万四六一三円及びこれらに対する昭和五五年五月一五日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
請求原因1ないし3の事実はいずれも認める。
三 抗弁
1 本件約款第一章賠償責任条項第七条には、保険会社は、保険契約者記名被保険者の故意によって生じた損害をてん補しない旨の条項(以下「本件免責条項」という。)がある。
2 本件交通事故は、次のとおり熊田の故意により発生したものである。熊田は、同人と親密な関係にある鮎沢竹子(以下「鮎沢」という。)を加害車両の助手席に同乗させていたところ、同女の内縁の夫である亡功がこれに気付き、停止中の同車の右フェンダーミラーを両手でつかんで強くゆすり、さらに、運転席側のロックされたドアのノブを持って開けようとしたり、窓ガラスを手でたたいたり、足でドアを蹴るなどしながら、「開けろ、出てこい。」などと言いつつ発進を阻止しようとしたため、同人から逃れようとして、同車を除々に発進させて十数メートル移動したが、同人がなおもノブをつかみ、窓ガラスをたたいて「おりてこい。」などといって横歩きで並進してついてくるので、同人を振り切って逃げるため、同車をさらに加速しようと考え、本件事故現場が、道幅も狭くブロック塀が近接しているので、急加速すれば同車右側に接している同人を転倒させることがあるかもしれないことを認識しながら、同人を振り切って逃走するにはそれもやむを得ないと決意し、あえて同車を時速約一五キロメートルあるいは二〇キロメートルくらいに急加速して進行させた結果、同人を同所付近のアスファルト舗装道路上に転倒させて、請求原因1記載の傷害を負わせ、それによって同人を死亡させた。
右のとおり、熊田は、亡功に対する傷害の故意を有していたのであるから、本件免責条項が適用され、被告には責任がなく、原告らの請求は理由がない。
四 抗弁に対する認否及び原告らの主張
1 抗弁1の事実は認める。
2 抗弁2の事実は否認し、その主張は争う。
仮に、熊田に、加害車両を急発進させる際、亡功に対する暴行あるいは傷害の故意があったとしても、加害車両を急発進させる行為は、亡功に傷害を負わせるという目的から出たものではなく、専らその場から難を逃れようとする気持から出た行為にすぎず、熊田には、その場を逃れるための付随的事情から亡功に対し多少の傷害を負わせることがあっても、それは、やむをえないという認識があったにすぎないのであるから、このような場合、熊田に、本件免責条項にいう故意があったとして、被告の免責を認めることには、合理的理由はない。その理由は、以下のとおりである。
(一)熊田は、傷害致死罪の刑事処分を受けているが、それはドアを蹴飛ばしたりたたいたりする亡功の危険から逃れるためやむをえず加害車両を発進させたことにより生じたものであるから、本件のように第三者に対する対人賠償責任についての任意保険の扱いにおいては、右傷害致死行為が公序良俗に反するとして保険金の支払を拒絶することは、被害者保護の制度趣旨に照らしても妥当なものとはいえず、かえって、保険金を支払うことのほうが、被害者保護の観点からみて社会的妥当性を有するのである。
また、約款の解釈上保険金が支払われるべきか否かの問題は、行為者の反社会性と保険の効用、機能との比較考量によって決すべき事柄というべきところ、熊田は、前述のような難を逃れるため、加害車両を急発進させたのであり、それが結果的に反社会的行為に至ったにすぎないから、右比較考量の点からみても保険金が支払われるべきである。
しかも、本件確定判決は、損害額のうち五〇パーセント相当分を過失相殺しており、この意味においても被告は、不利益を一方的に強いられるものではない。
(二)熊田は、亡功に対し暴行ないし傷害の未必の故意しか有していなかったのであるところ、刑事責任の面では、未必の故意についてはその結果の発生を認容したという点に重きをおき、道義的責任の観点から、その結果発生を否定した認識ある過失と峻別し、その責任において異なる取扱がなされているが、任意保険は、基本的には加害者のための制度であるとはいえ、加害者が無資力である場合の被害者に対する救済制度としての機能をも果していることは否定しえないところであるから、未必の故意と認識ある過失を峻別し、一方を故意ありとして免責とし、他方を過失であるとして有責となるとするが如き解釈は、加害者の偶然的意思により、第三者たる被害者に対する任意保険の支払がなされるか否かということを左右することになりかねず、被害者保護の制度にもとることになる。
また、本件約款においては、重大な過失があっても有責とされているところ、重大な過失とほとんど故意に近似する注意欠如の状態というものであるが、未必の故意とは、結果発生について確定的な認容をしていない点においては程度の差はあれ、同様に評価してしかるべきであるから、両者を区別して取り扱わなければならない合理的理由はない。
保険上故意を免責とする理由は、当該保険契約者が自ら保険金を取得する目的で行われる場合を考えてのことであって、このような自招行為についてまでも有責とするならば、それは、信義則及び公序良俗に反するものというべきであるが、本件においては、熊田は、亡功からの難を避けるために急発進したにすぎないのであり、その際、同人が保険金を取得しようとする意図など全く有していなかったのであるから、被告を有責とする解釈をとったとしても、公序良俗に反するということにはならない。
(三)保険約款の制定当初は、商法六四一条後段と同趣旨の規定を設け、故意または重大な過失があった場合は免責とする旨規定していたが、重大な過失についてまで免責とすることは、保険契約者及び第三者である被害者の保護に欠けることになり、保険制度の意味をなさないことにもなるというところから、昭和四〇年の保険約款の改訂において、重大な過失は有責とされ、また、保険の目的たる自動車が法令または取締規則に違反して使用または運転されたときは免責されるという不条理な条項も、免責の範囲を広げすぎ妥当性を欠いているとして、同様に有責とされた。更に昭和四七年の約款改訂においても、対人、対物賠償の任意保険においては、被害者救済の重視という特別な配慮から、被保険者の無免許運転、酒酔い運転中の事故にあっては、たとえ故意によるものであっても(いわゆる原因において自由な行為の場合)有責とされるに至ったのである。
以上の保険約款の改訂の経緯をみても明らかなとおり、保険約款の改訂の都度免責の範囲はできうる限り制限され、加害者及び被害者の保護をはかるようにされてきているが、右のような保険約款の免責の範囲の改訂は、任意保険の制度趣旨に合致するのであることはいうまでもない。
(四)自賠法一四条は、自賠責保険契約を締結した保険会社に対し、いわゆる加害者請求をする場合には、悪意の場合のみ免責とする旨規定しているが、ここにいう悪意とは、わざとしたという意味であって、未必的故意と対比した意味での確定的故意を意味し、不確実な要素を持つ未必の故意は含まれないとされている。このことは、未必の故意や重過失のような不確実であいまいな概念まで含め、広く免責とすることは、自賠責保険の制度目的である被害者保護の制度趣旨にもとることになるということによるものであるが、任意保険においても、できる限り免責の範囲を縮小するよう解釈し運用することが被害者の救済のために必要である。
自賠法一六条に基づく保険会社に対する被害者請求においては、加害者請求の場合よりも、更に被害者保護を重視し、加害者に悪意があった場合でも被害者からの請求については自賠責保険が支払われることになっているが(もっとも、自賠責保険の元受保険会社は、支払った金額について政府に対し、補償を求めることができ(同法一六条四項、七二条二項)、右の場合、政府は、被害者に支払った金額の限度において、加害者に対し、求償することができる(同法七六条)。)、任意保険においても、自賠責保険制度の運用とできるだけ一致させ、運用の面において矛盾が生じないように一元化をはかるべきである。自賠責保険上は、被害者に対し、支払ができるが、任意保険上は支払ができないというような運用は、同じ保険として妥当ではないからできるだけ任意保険においても自賠責保険に近づけるべきであり、免責の範囲もできる限り制限するような解釈がなされるべきである。
したがって、自賠法一六条の解釈と同様に、被害者保護の見地から、任意保険においても、保険会社に対する直接請求をした場合には、加害者が故意の場合も、有責とすべきであるが、特に、本件のように加害者が未必の故意の場合には、できるだけ有責とするような解釈をとることが両制度の一本化の趣旨に合致し、保険の目的にかなうものというべきである。
(五)以上のとおりであるから、本件についての被告の免責の主張は理由がない。
五 原告らの主張に対する被告の反論
1 任意保険制度は、被害者の保護をもその目的としているものであるが、保険契約者の事故招致責任と切り離して被害者保護のみをはかることはできない。被害者保護のため保険金の支払が認められるとするためには、保険契約における免責事由が、第三者に対抗しえないものとされなければならないが、約款上そのような条項は存しないし、そのように解釈する余地もない。被害者の保護と保険契約者の責任てん補ということとは、同一次元のものではなく、被害者は、あくまで保険契約においては第三者であるから、被害者保護は、保険契約との整合性をはかったうえでなされるべきである。
2 熊田は、亡功の死亡という結果については認容してはいなかったが、それだからといって、死の結果について本件免責条項に該当しないということにはならない。人の死を求めないとしても通常、人の身体に対する暴行あるいは傷害が加えられると、往々にして死の結果が生じることがあるため、刑法は、これを犯罪として類型化して傷害致死罪としたものと解せられる。刑法上は勿論、社会現象としても、傷害致死は一個の反社会的行為として認識されていることは論ずるまでもない。右のような行為をした者に対し、その結果、発生する損害をてん補するために本件免責条項に該当しないとすることは、公序良俗に反し許されない。
3 未必の故意は、確定的故意と異なるところはないから、本件約款の文言上、故意につき、未必の故意とその他の故意を区別しているとは解せられないうえ、本件においては、熊田は、熊田と鮎沢間の醜悪な人間関係を隠蔽するために加害車両をいわば凶器として傷害致死罪を犯したのであるからこれについて保険金を支払うことが公序良俗に反しないとはいえないし、また、熊田の傷害致死行為について本件免責条項に該当しないという解釈をすると、仮に故意につき有責とする旨の特約があったとしても、それは、商法六四一条後段の規定により無効となるとする通説的な解釈と抵触することになる。
4 自賠法は、被害者保護のため、保険契約の締結を強制し、保険者への直接請求を認めているうえ、保険者の免責事由は、悪意のみに限定し、しかも同法一六条四項においては、保険者は、故意免責により本来てん補義務がないのにかかわらず、これの支払を認め、その代償として政府に対し、これの補償を求めることができる旨規定されている。しかし、本件の任意保険においては、約款上右の如き明文の条項が存しないのであるから、被害者の直接請求を自賠法のそれと同一に解釈しようとすることには無理があるし、自賠責保険の上積み保険である任意保険における故意免責に限って自賠責保険以上に被害者保護に徹して解釈すべきであるというようなことは、到底認められないことである。要するに、原告らは、自賠法一六条の被害者請求権と、任意保険の直接請求権を同一次元に置いて解釈しようとするが、これは両者の差異を弁えない解釈であって失当というほかない。
5 以上のとおり、原告らの主張はすべて理由がない。
第三 証拠関係(省略)

理   由

一 請求原因1ないし3の事実はいずれも当事者間に争いがない。
二 そこで、被告の免責の抗弁について判断する。
1 本件約款第一章損害賠償責任条項第七条には、保険会社は、保険契約者、記名被保険者の故意によって生じた損害をてん補しない旨の本件条項が定められていることは当事者間に争いがない。ところで、自動車対人賠償の任意保険制度は、今日においては、いわゆる自賠責保険と相俟って、単に自動車事故によって損害賠償責任を負担することになる被保険者の財産上の損害をてん補するという保険本来の目的を果すのみならず、被保険者に代って保険契約における第三者である自動車事故の被害者の損害をてん補し、被害者を可及的迅速、かつ確実に救済するという社会的機能をも果しているものというべきであるから、本件免責条項のような免責約款の解釈にあたっては、右保険制度の果している社会的機能及び右約款の趣旨に徴し、その文言をみだりに拡張して解釈すべきではなく、むしろその文言にしたがい限定して厳格に解釈するのが相当であるところ、本件約款第一章第七条の設けられた趣旨は、保険契約者又は被保険者の故意による保険事故については、保険事故の発生に偶然性がなく、これに基づく保険金の支払を求めることは保険契約当事者間の信義誠実の原則に反するのみならず、このような場合まで保険金を支払うことにすれば、保険金を得ることを目的とする事故招致が行なわれ、あるいは反倫理的行為を行った被保険者等が負担する損害をもてん補することになって、公益上からも適当でないことにもなるので、上記のような特殊な場合特約によってこれをてん補しないことにしたことにあるもの、と考えられる。本件免責条項の趣旨が叙上のとおりであることに鑑みると、右条項にいう故意によって生じた損害とは、被保険者等が被保険自動車を使用することによって他人の生命又は身体を害することを確定的に認識予見しながらあえてこれを使用して他人を死傷させたことにより生じた損害をいうものと限定的に解するのが相当であって、他人の生命又は身体を害することを意図もしくは希望しないが、身体を害することがあってもやむをえないことを認識しながら右自動車を使用した結果他人を死傷させるに至った場合(講学上のいわゆる「未必の故意」による場合)に生じた損害は、原則として、右条項にいう故意によって生じた損害には該当しないものというべきである。もっとも、刑法上未必の故意は、罪を犯す意思、すなわち故意の一種と解され、未必の故意による行為も罰せられると解されているが、それは、不確定ながらも犯罪事実特に結果の発生を認識しながらあえて行為に出た点に行為者あるいは行為の悪性を認め、これに対する応報なしい犯罪防止の観点から刑事責任を課するのが相当であるとしたことにあると考えられるのであって、民事上保険者に対し損害てん補の責任を認めるのが相当であるかどうかということとはその事理ないし観点を異にするものであることはいうまでもないから、本件免責条項の故意を刑法上の故意と同意義に解釈しなければならないものではない。のみならず、未必の故意を過失の一態様であるいわゆる認識ある過失と対比して考えてみても、両者は行為者において認識した事情もその行為及び結果も同一であってただ前者が、行為者の内心において不確実な結果に向けられた不確定的な意思を有したのに対し、後者はこれを有しなかったという点に差異があるにすぎないものであるから、末必の故意の場合を確定的故意の場合と同一視して保険者を免責とすることは、約款上認識ある過失の場合に免責されないとされていることとの均衡上からみて相当でないというべきであって、むしろ未必の故意の場合は、保険の効用、社会的機能を高める見地から保険者の免責を認めないと解するのが相当であり、原則として、このように解したとしても、社会的に非難すべき違法行為によって生じた損害を保険によっててん補することにはならないといってよい。
また、自賠法一四条では、保険会社は、保険契約者又は被保険者の悪意によって生じた損害についてのみてん補の責を免れる旨規定されているが、ここにいう悪意とは、一般に確定的故意と同意義であって、いわゆる未必の故意は含まれないと解されているので、本件免責条項にいう故意によって生じた損害を上記のように解釈したとしても、任意保険と自賠責保険の免責条項の解釈、適用上、その整合性を欠くことにはならないし、本件約款のように、契約当事者の知、不知を問わず、約款によらない旨の特段の意思表示がない限り当然に契約の内容となって当事者を拘束する普通保険約款にあっては、「疑わしきは、保険契約者の利益に解すべし」とする約款解釈の原則にもとるものということもできない。更に、成立に争いない甲七号証の二ないし五、同八号証の一ないし三及び弁論の全趣旨を総合すれば、自動車保険普通保険約款については、昭和二二年に各保険会社に共通する統一約款が作成されたが、それがその後逐時改訂され、昭和四〇年の改訂においては、従来の賠償義務履行主義から賠償義務負担主義に支払要件を緩和したほか、免責事由についても、保険契約者等の重大な過失を有責とし、自動車が法令または取締規則に違反して使用または運転された場合であっても、無免許運転と酒酔い運転のみに限定して免責することにしたこと、その後、交通事故の増加に伴ないその被害者救済が大きな社会問題として捉えられるようになるとともに、対人賠償における任意保険の社会的役割、使命が飛躍的に増大した結果、契約者保護に加えて被害者救済をも十分配慮した保険制度の拡大・充実が強く要請されるようになったが、保険業界ではそれに対応して、昭和四七年の改訂においては、故意免責につき免責を適用すべき故意行為者の範囲を縮小し、また、無免許運転、酒酔い運転中に生じた事故についても有責としたこと、が認められるから、本件免責条項にいう故意によって生じた損害を叙上のように解釈することは、保険約款の免責事由を徐々に縮小し、できうる限り、被害者を救済しようとしてきた保険約款改訂の趣旨にそうものというべく、恣意的な解釈ということはできない。
2 以上の見地に立って本件をみるに、いずれも成立に争いない甲六号証、乙三号証ないし一四号証、同一六号証ないし二三号証、二六号証ないし二八号証に当事者間に争いない請求原因1ないし3の事実を総合すると、次の事実を認めることができる。
(一)熊田は、昭和五四年一〇月四日ころ、山梨県甲府市下飯田のスナックで同五一年ころより亡功と同棲していた鮎沢と知りあって親しくなり、同女を自宅に連れ帰って肉体関係を結ぶなどしていたが、同月九日、同女は亡功の許に帰った。亡功は、同女の行動に不審を抱いたので、帰宅した同女を問いつめたところ、同女が熊田との仲を打ち明けたためこれに立腹して同女を殴打するなどするとともに、熊田に電話をかけ同人に対し「ただではすまんど、ブッ殺すぞ。今から行く。」などと恫喝した。
(二)そこで熊田は、亡功が自宅に押しかけてきて乱暴されることを恐れるとともに鮎沢の身を案じ、自宅を出て加害車両を乗り回すなどしていたが、翌一〇日午前零時すぎころ、同女から電話で、亡功から乱暴されたことなどを聞かされたので、同女を自宅に泊めようと思いたち、同女を迎えに行くため、同日午前零時三〇分ころ自宅を出て、右加害車両で待ち合わせ場所である同市下飯田一丁目のスナック「スクール」前まで赴いたものの、同女が一〇分ほど待っても来ないため、その居住する矢島コーポに向かい進んでいったところ、同市下飯田一丁目一一番五号先路上で同女と出会い、助手席に同乗させたが、同女から亡功が追って来る旨告げられたので、急いで立ち去ろうと、同市下飯田一丁目一一番一四号先路上まで後退し、同所で方向転換しようと手間どっているうちに、同女を追ってきた亡功に追いつかれた。
(三)加害車両に追いついた亡功は、同車の右フェンダーミラーを両手でつかんで強くゆすり、さらに運転席側のロックされたドアのノブをつかんで開けようとしたり、ウインドガラスを手でたたいたり、ドアを蹴るなどしながら「開けろ。出てこい。」などと言いつつ、同車の発進を阻止しようとした。
(四)そのため、熊田は、同日午前一時ころ、亡功から逃れるため、加害車両を徐々に発進走行させて十数メートル離れた本件事故現場に至ったが、亡功がなおもノブをつかみ、ウインドガラスをたたきながら「おりてこい。」などと言って横歩きで並進してついてくるので、同人を振り切って逃げるため、同車をさらに加速しようとしたが、急加速すれば加害車両右側を並進している同人を路上に転倒させ負傷させることがあるかもしれないことを認識しながら、あえて加害車両を時速一五から二〇キロメートル程度に急加速して進行させた結果、同人を同所付近のアスファルト舖装された道路上に転倒させて頭蓋冠線状骨折等の傷害を負わせ、よって同人を同月一三日、同市富士見一丁目一番一号所在の山梨県立中央病院において、右傷害による急性頭蓋内血腫(硬膜下血腫、くも膜下出血)及び脳浮腫ないし脳圧迫により死亡させた。
以上の事実が認められ、前掲甲六号証、乙一二号証及び二七号証並びに乙一五号証中、右認定に反する部分は措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
3 上記認定の事実によれば、熊田は、亡功が運転席のドアの取っ手をつかんだままの状態で加害者を急加速するときは、亡功を路上に転倒させるなどして同人を負傷させることがあるかもしれないことを認識しながら急加速して進行したものということができるが、熊田が加害車を急加速したのは、亡功が運転席ドアのノブをつかみ、ウインドガラスをたたきながら「おりてこい」なとど叫んで執拗に追走してくることから逃れようとするためであり、他方、亡功としても、加害車のウインドガラスをたたいたりドアを蹴るなどして熊田らに対し何らかの危害を加えようとするとともに、路上に転倒したりして負傷する危険があるにもかかわらず、加害車の発進、走行を阻止するため加害車のノブをつかんだまま同車と並進、追走したものということができる。
そうだとすれば、熊田は亡功を傷害することを確定的に認識予見しながら加害車を急加速、走行させたものではないというべきであるから、本件事故による損害は、前記説示に照らし、本件免責条項にいう故意によって生じた損害に該当しないものというべく、なお、前記認定の事情のもとにおいては、本件事故によって生じた損害を保険によっててん補させたとしても、公益上不適当であると断定することも困難であるから、結局、本件免責条項は適用されず、被告は、本件事故による損害につきてん補する責に任じなければならないものといわなければならない。
よって、被告の免責の抗弁は採用することができない。
三 以上の次第であるから、原告らの各請求は、すべて理由があるので、これらをいずれも認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第二七部)



ページの先頭へ戻る