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原告が運転し,原告らの子3名が同乗する普通乗用自動車が,飲酒運転する普通乗用自動車に後方から追突され,原告らの子3名が死亡するなどした事案

平成22(ワ)617  損害賠償請求事件
平成23年2月24日  福岡地方裁判所

主 文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。

事 実 及 び 理 由
第1 請求
1 被告は,原告Aに対し,100万円及びこれに対する平成18年8月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は,原告Bに対し,100万円及びこれに対する平成18年8月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,原告Aが運転し,原告B及び原告らの子3名が同乗する普通乗用自動車が,Cが飲酒運転する普通乗用自動車に後方から追突され,原告らの子3名が死亡するなどした交通事故について,原告らが,被告がCの依頼により上記事故現場に水を持参したことによって,同人の血中アルコール濃度等に影響が生じ,これにより,犯罪被害者である原告らの①適正な刑罰権の迅速な実現を期待する権利や,②自己に被害を与えた犯罪及び犯罪者についての重要な具体的事実を知る権利が侵害され,精神的苦痛を被ったなどと主張して,被告に対し,不法行為による損害賠償請求権に基づき,それぞれ100万円及び不法行為の日である平成18年8月25日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
1 前提事実(証拠を掲げない事実は,当事者間に争いがない。)
(1) 以下のとおり,交通事故が発生した(以下「本件事故」という。)。
ア 発生日時 平成18年8月25日午後10時48分ころ
イ 発生場所 福岡市a区(以下省略)先のD大橋上(D大橋のE島側の橋梁取付部から約392メートルの地点。以下「本件現場」という。)

ウ 加害車両 Cが運転する普通乗用自動車(以下「C車両」という。)
エ 被害車両 原告Aが運転する普通乗用自動車(以下「原告車両」という。)
オ 事故態様 Cが,C車両の前部左側を進路前方を走行していた原告車両の後部右側に衝突させ,その後,原告車両がD大橋上から海中に転落し,水没した。
(2) 本件事故により,原告Aと原告Bの子であるF(当時4歳),G(当時3歳)及びH(当時1歳)の3名が死亡した。
(3) Cは,同日午後11時ころ,携帯電話機を使用して被告に電話をかけ,「事故ったけん。酒飲んどうけん。来てくれん。代わってくれん。」などと言って,被告に身代わりとなるよう求めたが,被告はこれを断った。そこで,Cは,被告に対し,水を持参するように頼んだところ,被告がこれを承諾し,被告方にあった2リットルのペットボトル2本に水道水を入れて,本件現場に持参した(以下,被告が水入りのペットボトルを本件現場に持参した行為を「本件行為」という。)。
(4) Cは,危険運転致死傷及び道路交通法違反(救護・報告義務違反)の罪で起訴された。なお,一旦結審した後,裁判所が,検察官に対し,危険運転致死傷の訴因につき,業務上過失致死傷及び道路交通法違反(酒気帯び運転)からなる予備的訴因の追加命令を発したため,その旨の予備的訴因が追加された。
福岡地方裁判所は,平成20年1月8日,危険運転致死傷罪の成立を否定し,上記予備的訴因と同旨の業務上過失致死傷及び道路交通法違反(酒気帯び運転)並びに同法違反(救護・報告義務違反)の各事実を認定して,Cを懲役7年6月に処する判決を言い渡した(以下「刑事第1審判決」という。)。
これに対し,検察官及びCが控訴したが,福岡高等裁判所は,平成21年5月15日,刑事第1審判決を破棄し,危険運転致死傷及び道路交通法違反(救護・報告義務違反)の各事実を認定して,Cを懲役20年に処する判決
を言い渡した(以下「刑事控訴審判決」という。)。
これに対し,Cが上告し,現在上告審に係属中である。
(以上につき,争いのない事実及び甲7,8)
2 争点
(1) 原告らに①適正な刑罰権の迅速な実現を期待する権利又は②自己に被害を与えた犯罪及び犯罪者についての重要な具体的事実を知る権利があるか(被侵害利益の有無)
(2) 被告が上記(1)の権利ないし利益を侵害したか
(3) 損害の発生及び額
3 争点に関する当事者の主張
(1) 被侵害利益の有無
(原告らの主張)
ア ①適正な刑罰権の迅速な実現を期待する権利並びに②自己に被害を与えた犯罪及び犯罪者についての重要な具体的事実を知る権利は,いずれも,犯罪被害者が個人として尊重される(憲法13条前段,犯罪被害者等基本法(以下「基本法」という。)3条1項)ために不可欠な人格権の内実をなすものである。
イ 原告らは,Cの犯罪行為により重大な被害を被った被害者であり,このような原告らが犯罪者であるCに対する厳しい処罰を望むのは,人として当然のことであって,この応報感情が満足されることなくして,犯罪被害の回復が図られることはあり得ない。しかし,私的な復しゅうを禁止し,罪刑の均衡を要求する近代刑法下にあっては,犯罪被害者は,刑事司法作用による適正な刑罰権の実現を通じて応報感情の充足を図るほかはないから,犯罪被害の回復を必要とする犯罪被害者が個人として尊重されるには,適正な刑罰権の実現が必要不可欠であるが,結果的にそれが果たされたとしても,それまでの間,犯罪被害者は,近代刑法によって制約される応報感情の充足すら享受できない立場に置かれ,無力感にさいなまれることになる。適正な刑罰権の実現が遅延することは,何ら適正な手続を経ることなく法益を侵害された犯罪被害者に対し,更なる苦痛を与えることにほかならない。犯罪被害者が適正な刑罰権の迅速な実現を期待するのは当然であって,その個人の尊厳を確保するには,上記期待を法的権利として承認する必要がある。これを否定するときは,正当な理由がなく適正な刑罰権の実現が遅延しても,犯罪被害者は法的な救済を受けられないことになるが,かかる事態を容認すべき理由は全く見当たらない。
ウ Cは,飲酒運転により本件事故を起こした。本件事故発生時,Cがその身体に保有していたアルコールの具体的濃度は,刑罰権の有無及び範囲に関わる重要な事実であるから,犯罪被害を回復するために適正な刑罰権の実現を必要とする犯罪被害者は,適正な刑罰権の実現がされたことを納得するために,当該事実の具体的な内容を知る必要がある。また,犯罪被害者が,自己に被害を与えた犯罪はいかなる態様であったか,なぜ犯罪被害を受けなければならなかったか,自己に犯罪被害を与えた犯人は何を考え,いかなる経緯で,いかなる状況で犯行に及んだのかなど,種々の疑問を抱き,自己に被害を与えた犯罪及び犯罪者についてできる限りの情報を得ようとするのは人として当然であり,その答えが見付からないうちは,犯罪被害の回復が図られるはずがないし,犯罪被害者が求める答えは,刑法等の構成要件を充足するに足りる事実ではなく,最も真相に近い具体的な事実である。よって,犯罪被害者の個人の尊厳を確保するには,自己に被害を与えた犯罪及び犯罪者についての具体的な事実を知る権利を承認することが不可欠である。殊に,本件で問題となる本件事故発生時のCのアルコール保有の程度は,事案の性質上,本来であれば刑事裁判において主張立証が尽くされ,原告らが知り得たはずであり,それにもかかわらず,原告らに当該事実を知る権利がないと解するときは,原告らは法的な救済を受けられないことになるが,かかる事態を容認すべき理由は全く見当たらない。
エ 最高裁平成2年2月20日第三小法廷判決・裁判集民事159号161頁は,犯罪被害者等が捜査又は公訴提起によって受ける利益は反射的な事実上の利益にすぎない旨判示しているが,本件は捜査又は公訴提起によって受ける利益ではないから,事案を異にするのみならず,同判決から本件行為までの間の平成17年4月1日には,基本法が施行されており,前記イ及びウの権利が犯罪被害者の個人の尊厳確保に必要不可欠である以上,同法によって,その法的権利性が確認されたというべきである。さらに,同年12月27日に閣議決定された犯罪被害者等基本計画(以下「基本計画」という。)では,「刑事司法は犯罪被害者等のためにもある」とされ,平成19年の刑事訴訟法の改正等により,被害者参加制度や犯罪被害者等の公判記録の閲覧及び謄写の範囲の拡大がされたが,これらは犯罪被害者の個人の尊厳を確保しようとするものにほかならず,また,これらの改正は基本法の施行から続く一連のものであるから,当該改正を支える立法事実が本件行為時に存在したことは明らかである。したがって,犯罪被害者が刑事司法作用によって受ける利益ないし期待が反射的利益にすぎないとの見解は,本件行為時には妥当しない考えであったといわざるを得ない。
オ 犯罪被害者の権利は,公益の代表者として検察官が公訴権を適用することによって基本的に実現を図るのであり,それ以上に犯罪被害者の権利が発生するはずがないという被告の主張は,上記エの最高裁判決が示した見解と同旨のものであって,基本法が成立し,施行された後には妥当しない。
また,犯罪被害者に刑事司法に参加する一定の権利が認められたことは,公益の代表者である検察官に被告人の訴追を委ねるという従前の刑事司法制度を,犯罪被害者等はその個人の尊厳にふさわしい処遇を保障される権利を有すること(基本法3条1項),刑事司法は犯罪被害者等のためにもあ
ること(基本計画)という観点から再構築しようという動きの一つにほかならず,適正な刑罰権の迅速な実現についても,これらの観点から,犯罪被害者等の権利として捉え直す必要がある。そして,偽証罪,証拠隠滅罪
等の行為にみられるように,犯罪被害者の適正な刑罰権の迅速な実現に対する期待は,国家機関や地方公共団体のみならず,私人の行為によっても侵害され得るものである以上,私人との関係においても,その権利性が承認される。
 また,犯罪被害者は,犯罪と犯罪者についてできる限り多くの情報を得たいと願うのであり,刑法等の構成要件に該当する事実の存否だけを知りたいと願うわけではないから,犯罪者のプライバシーを不当に侵害する等の弊害を生じない限り,犯罪被害者の知る権利を保障する必要があり,本件でも,原告らが,Cの保有していた具体的なアルコール濃度を知る権利を有していたことは明らかであるし,当該事実は,犯情として刑の量定に大きな影響を与えたはずの事実であって,犯罪被害者である原告らが適正な刑罰権の実現が果たされたことを納得する上で当然に知るべき事実である。
(被告の主張)
ア そもそも基本計画は,基本法に基づき,犯罪被害者等の権利利益の保護を図るために,政府が総合的かつ長期的に講ずべき犯罪被害者等のための施策の大綱を盛り込んだものであり,基本計画において,真実が明らかにされた上で,加害者に対して適正な処罰が下されることが,犯罪被害者の権利利益の回復にとって必要不可欠である旨が規定されているからといって,犯罪被害者等に特定人に対する具体的な私法上の請求権を付与したものでないことは明らかである。
イ 適正な刑罰権の実現が正当な理由なく遅延したときは,その侵害者に対して民事実定法上損害賠償請求権が発生するという論理には,明らかな飛
躍がある。刑事裁判では,迅速な裁判と適正な裁判という,ともすれば相反する理念の調整が求められるのであるから,何をもって適正な刑罰権の迅速な実現が侵害されたと評価されるのか不明であるし,犯罪被害者の権利は,公益の代表者として検察官が公訴権を適用することによって基本的に実現を図るのであり,それ以上に犯罪被害者の権利が発生するはずがない。いわんや,原告らの主張は,被告の行為によって事案の解明が遅れたというにすぎない。基本法や基本計画は,刑事司法手続に犯罪被害者が一定程度参加する権利を認めているが,被告が刑事司法手続を妨害した事実は一切ない。本件行為は,刑事手続開始以前の行為であって,刑罰権行使の対象となるか否かが問われていただけであり,これについては不起訴処分となっている。原告らの主張は,犯罪被害者が刑事司法手続に一定程度参加する権利を根拠として,刑罰権行使の対象となっていない具体的行為の実体法上の違法性を問おうとするものであって,手続法と実体法を混同している。したがって,適正な刑罰権の迅速な実現を期待する権利というものを仮に想定し得たとしても,同権利が民法709条にいう法的保護に値する被侵害利益となることはあり得ない。
ウ 本件において法的評価として求められるのは,道路交通法及び同法施行令が規定する呼気1リットルにつき0.15ミリグラム以上のアルコールを身体に保有する状態であったか否かという事実であり,この点は明らかになっている。原告らにとって,それ以上にアルコール濃度の正確な数値を知ることに法的な意味はないし,権利性が生まれるはずもない。
(2) 被告が上記(1)の権利ないし利益を侵害したか
(原告らの主張)
ア Cは,飲酒によるアルコールの影響により,前方を注視し道路状況に応じた適切な速度で走行させること及び前方を走行している車両の認識が困難な状態で,C車両を運転し,本件事故を起こした後,被告の携帯電話に
架電し,被告に身代わりとなるよう求めたが,これを断られたので,代わりに水を持ってくるように申し向けた。被告は,Cの発言の意味が,大量の水を飲むことにより警察の飲酒検知においてアルコールが検出されないようにして飲酒運転をしたことが発覚しないようにするために水を持ってきてくれという意味であることを直ちに認識したが,親友であるCが捕まらないようにしてやりたいという思いから,これを承諾し,多量の水をCに飲ませて同人の飲酒運転の発覚を妨げるため,被告方のペットボトル2本に水道水を入れて,本件現場に持参した。そして,被告は,本件現場付近に来た際,橋の欄干が壊れて多数の人や消防車が出動していることや,原告車両が欄干から転落した事実を知り,かつ,本件事故が人命に関わることを認識し,また,Cの様子から,同人が相当程度酩酊していることを認識したが,同人の飲酒検知の際にアルコールが検出されないようにするために,持参した水入りのペットボトルを同人に手渡し,同人の飲水を容易にした。
イ Cの刑事手続は,平成18年8月25日に同人が逮捕されて以降,同年9月16日の起訴,平成20年1月8日の刑事第1審判決宣告,平成21年5月15日の刑事控訴審判決宣告と進展し,現在,上告審に係属中である。このように3年以上にわたって訴訟が継続する中,Cの本件事故時点における呼気中又は血中アルコール濃度及びそれが脳に与える影響が主要な争点の一つとされ,この争点の判断に当たり,Cが被告の提供した水を飲んだことによって呼気中又は血中アルコール濃度に影響を生じたか,Cが本件事故直後の飲酒検知において,被告が持参した水を警察官の許可なく勝手に飲んだかという点が問題となった。
 これらの争点は,本件行為がなければ,本来問題とならなかった争点であり,そのために,Cの刑事訴訟における審理が必要以上に長期化し,結局,刑事第1審判決では危険運転致死傷罪の適用が認められず,刑事控訴審判決でようやく同罪の適用が認められた。このように,本件行為によって適正な刑罰権の迅速な実現が妨げられ,さらに,審理が長期化した間,原告らは,原告Aが居眠り運転をしていたとか,急ブレーキを踏んだなどと,世間からいわれのない誹謗中傷を受けざるを得ず,二次被害が拡大した。本件行為がなければ,捜査機関は,上記争点のために捜査時間を投入する必要がなく,検察官及び弁護人も,上記争点について主張立証する必要がなく,より適正かつ迅速にCに対する処罰が実現していたはずである。したがって,本件行為は,直接又は間接に,Cの刑事手続に影響を与え,適正な刑罰権の迅速な実現を遅らせたことが明らかである。
 また,本件行為によってCが水を飲んだことにより,刑事裁判において,飲酒再現実験の結果によっても,医学的な知見によっても,Cが身体に保有していた具体的なアルコール濃度を知ることができなくなったのであり,原告らの知る権利が侵害されたことは明らかである。
(被告の主張)
ア 被告は,Cが飲酒して交通事故を起こしたことは認識したが,Cから事故の詳細を何ら聞かされなかったため,それが人身事故であるとは認識しておらず,単なる物損事故であると考え,その事故処理のために2リットルのペットボトル2本分の水を本件現場に持参したにすぎない。
イ Cの刑事手続において,飲酒後に水を飲んでも血中アルコール濃度等に影響を及ぼさないことは証明されており,被告の行為は,危険運転致死傷罪の適用の有無には何ら関係していない。したがって,被告の行為によって,原告らの主張する権利ないし利益が侵害された事実はない。
(3) 損害の発生及び額
(原告らの主張)
 原告らは,何の落ち度もなかったにもかかわらず,本件事故によって,暗闇の海中に転落し,自らも死の危険に直面したのみならず,他の2人の子を助けるためにやむなく,海中に残した長男の捜索を諦めざるを得ないという極限的な選択を迫られた上,3人の子を失った。さらに,原告らは,長期化した訴訟手続の中で,世間の耳目を浴び,原告Aが急ブレーキを踏んだとか,夜半に子供を連れ出した原告らに責任があるなどという,いわれのない誹謗中傷を受け,非難の対象となってきた。このような原告らの苦しみが僅かでも慰謝されるためには,基本計画にも定められているとおり,犯罪行為の真実を明らかにした上で,加害者に対し,適正な処罰が実現されることが必要不可欠である。しかるに,被告の行為は,真実の発見を遅滞させ,適正な処罰の実現を阻害したものであって,これらを期待する原告らの精神的苦痛を慰謝するには,原告一人につき100万円を下らない。
(被告の主張)
 原告らの主張は,否認する。
第3 争点に対する判断
1 争点(1)(被侵害利益の有無)について
(1) 民法上の不法行為は,私法上の権利が侵害された場合だけではなく,法律上保護される利益が侵害された場合にも成立し得るものである(民法709条)。そして,ある利益が法律上保護されるものであるか否かは,法制度全体の状況及びその利益に関する社会の状況を踏まえて検討しなければならない。
(2) 証拠(各認定事実の後に掲げる。),弁論の全趣旨及び公知の事実を総合すれば,犯罪被害者等の利益の保護に関する法制度及び社会の状況として,以下の事実が認められる。
ア 平成12年11月1日,犯罪被害者等の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律(平成19年法律第95号による改正前のもの。
以下「旧犯罪被害者等保護法」という。)が施行された。同法は,それまで検察官や被告人及び弁護人以外の者には原則として認められていなかった
公判記録(公判係属中の刑事被告事件の訴訟記録)の閲覧及び謄写について,裁判所は,当該被告事件の被害者等から閲覧又は謄写の申出があるときは,当該被害者等の損害賠償請求権の行使のために必要があると認める場合その他正当な理由がある場合で,かつ,犯罪の性質,審理の状況その他の事情を考慮して相当と認めるときは,公判記録の閲覧又は謄写をさせることができる(3条1項)と規定していた。
イ 平成16年12月8日,基本法が公布され,平成17年4月1日から施行された。
同法は,犯罪被害者等のための施策に関し,基本理念を定め,並びに国,地方公共団体及び国民の責務を明らかにするとともに,犯罪被害者等のための施策の基本となる事項を定めること等により,犯罪被害者等のための施策を総合的かつ計画的に推進し,もって犯罪被害者等の権利利益の保護を図ることを目的とする,と規定している(1条)。そして,同法は,「すべて犯罪被害者等は,個人の尊厳が重んぜられ,その尊厳にふさわしい処遇を保障される権利を有する」との基本理念を定める(3条1項)とともに,国や地方公共団体は,同項等の基本理念にのっとり,犯罪被害者等のための施策を策定し,実施する責務を有すること(4条及び5条),国民は,犯罪被害者等の名誉又は生活の平穏を害することのないよう十分配慮するとともに,国及び地方公共団体が実施する犯罪被害者等のための施策に協力するよう努めなければならないこと(6条),国及び地方公共団体は,犯罪被害者等がその被害に係る刑事に関する手続に適切に関与することができるようにするため,刑事に関する手続の進捗状況等に関する情報の提供,刑事に関する手続への参加の機会を拡充するための制度の整備等必要な施策を講ずるものとすること(18条)等を規定している。
ウ 平成17年12月27日,基本法8条1項の規定に基づき,政府が総合的かつ長期的に講ずべき犯罪被害者等のための施策の大綱等を定めた基本計画が閣議決定された(甲9)。基本計画は,4つの基本方針を設定しているところ,その一つに「尊厳にふさわしい処遇を権利として保障すること」が掲げられており,その内容は,「犯罪被害者等のための施策は,例外的な存在に対する一方的な恩恵的措置ではなく,社会のかけがえのない一員とし,犯罪被害者等が当然に保障されるべき権利利益の保護を図るためのものである。施策の実施者は,犯罪被害者等はその尊厳が尊重され,その尊厳にふさわしい処遇を保障される権利を有していることを視点に据え,施策を実施していかなくてはならない。」とされている(甲10・5頁)。また,基本計画は,5つの重点課題を指摘しているところ,その一つに「刑事手続への関与拡充への取組」が掲げられており,その内容は,「事件の正当な解決は,犯罪被害者等にとって最大の希望であり,その回復にとって不可欠であるともいえる。」,「社会が個人によって成り立っているように個人もまた社会の中にあるのであって,刑事裁判等において違法性と責任が明らかになり,適正な処罰が行われることは,社会の秩序を回復するというだけでなく,当該犯罪等による被害を受けた個人の社会における正当な立場を回復する意味も持ち,このことは,現実の問題として,個人の権利利益の回復に重要な意義を有している。刑事司法は,社会の秩序の維持を図るという目的に加え,それが『事件の当事者』である生身の犯罪被害者等の権利利益の回復に重要な意義を有することも認識された上で,その手続が進められるべきである。この意味において,『刑事司法は犯罪被害者等のためにもある』ということもできよう。」とされている(甲10・10頁)。
エ 平成19年6月に成立した犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事訴訟法等の一部を改正する法律(平成19年法律第95号。以下「平成19年改正法」という。)により,旧犯罪被害者等保護法の一部が改正さ
れ,法律の題名も「犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律」と改められた(以下「新犯罪被害者等保護法」という。)。同改正により,前記アの被害者等による公判記録の閲覧及び謄写の要件が緩和され,裁判所は,刑事被告事件の被害者等から公判記録の閲覧又は謄写の申出があるときは,閲覧又は謄写を求める理由が正当でないと認める場合及び犯罪の性質,審理の状況その他の事情を考慮して閲覧又は謄写をさせることが相当でないと認める場合を除き,閲覧又は謄写をさせるものとすることとされた(新犯罪被害者等保護法3条1項。なお,同規定は同年12月26日から施行された。)。
オ また,平成19年改正法により,刑事訴訟法の一部も改正され,故意の犯罪行為により人を死傷させた罪等の一定の犯罪の被害者等が,裁判所の許可を得て,被害者参加人として刑事裁判に参加し,検察官との間で密接なコミュニケーションを保ちつつ,一定の要件の下で,公判期日に出席するとともに,証人尋問,被告人質問及び事実又は法律の適用についての意見の陳述を行うことができるという被害者参加制度が創設され(刑事訴訟法316条の33から39まで),同制度は平成20年12月1日から施行された。
(3) 以上の事実を前提として,まず,「適正な刑罰権の迅速な実現を期待する権利」が,不法行為における被侵害利益に当たるか否かについて検討する。 ア 刑罰法令の適用実現を含む刑事司法手続は,直接的には,国家及び社会の秩序維持という公益を図るために行われるものであって,犯罪被害者等の被侵害利益ないし損害の回復を目的とするものではなく,犯罪被害者等が刑事司法手続によって受ける利益は,公益上の見地に立って行われる刑事司法手続によって反射的にもたらされる事実上の利益にすぎず,権利ないし法律上保護された利益ではないというべきである。
イ これに対し,原告らは,平成17年4月1日に施行された基本法によって適正な刑罰権の迅速な実現を期待する権利の法的権利性が確認されたというべきであるし,その後の基本計画の策定や,平成19年改正法による公判記録の閲覧及び謄写の要件の緩和や被害者参加制度の創設は,犯罪被害者等の個人の尊厳を確保しようとするものであり,犯罪被害者等が刑事司法作用によって受ける利益ないし期待が反射的利益にすぎないという見解は,本件行為時には妥当しない考えであった,などと主張する。確かに,前記(2)イのとおり,基本法3条1項は,「すべて犯罪被害者等は,個人の尊厳が重んぜられ,その尊厳にふさわしい処遇を保障される権利を有する。」と定めている。しかし,基本法は,犯罪被害者等のための施策に関し,基本理念を定め,国等の負う責務を明らかにするとともに,犯罪被害者等のための施策の基本となる事項を定めるものであり,上記規定も犯罪被害者等のための施策の基本理念を定めたものにすぎないから,これをもって,適正な刑罰権の迅速な実現を期待する権利の法的権利性が確認されたということはできない。また,前記(2)ウのとおり,基本計画においては,「刑事司法は,社会の秩序の維持を図るという目的に加え,それが『事件の当事者』である生身の犯罪被害者等の権利利益の回復に重要な意義を有することも認識された上で,その手続が進められるべきである。この意味において,『刑事司法は犯罪被害者等のためにもある』ということもできよう。」と理解されている。しかし,そもそも基本計画は,基本法に基づいて,政府が総合的かつ長期的に講ずべき犯罪被害者等のための施策の大綱等を定めたものにすぎない上,上記の理解は,5つの重点課題のうち「刑事手続への関与拡充への取組」において示されており,刑事裁判において適正な処罰が行われることが,現実の問題として,個人の権利利益の回復に重要な意義を有しているという文脈におけるものであることから明らかなとおり,それまで犯罪被害者等が刑事裁判において証拠として扱われているにすぎず,事件の当事者にふさわしい扱いを受けていないなどと批判されていたことを踏まえて,犯罪被害者等の刑事手続への関与拡充を図る施策を講ずることを示したものであるというべきである。
さらに,前記(2)エ及びオのとおり,本件行為後に,犯罪被害者等による公判記録の閲覧及び謄写の要件の緩和や被害者参加制度の創設がされるに至っているが,これらの制度改正等も,その内容から明らかなとおり,基本法18条の規定や基本計画における上記重点課題等を踏まえて,犯罪被害者等の刑事手続への関与拡充を図ったものであるから,これらの制度改正等によって,刑事司法手続それ自体が犯罪被害者等の被侵害利益ないし損害の回復を目的とするものに再構築されたなどと解するのは困難である。このように,原告らの指摘する基本法や基本計画の規定等は,犯罪被害者等が刑事手続に関与して適切な処遇を受けられるように施策を講ずることによって,犯罪被害者等の尊厳にふさわしい処遇を保障しようとしたものであると解され,それを超えて,犯罪被害者等の適正な刑罰権の迅速な実現に対する期待までも保障しようとしたものと解することはできないのであり,そのような期待は,刑事手続への関与拡充によって得られる事実上の利益にとどまるものというべきである。原告らの主張は採用することができない。
ウ したがって,犯罪被害者等が適正な刑罰権の迅速な実現を期待することが権利ないし法律上保護される利益に当たるものということはできない。
(4) 次に,「自己に被害を与えた犯罪及び犯罪者についての重要な具体的事実を知る権利」が,不法行為における被侵害利益に当たるか否かについて検討する。
ア 原告らは,犯罪被害者には「自己に被害を与えた犯罪及び犯罪者についての重要な具体的事実を知る権利」があるとした上,本件においては,本件事故発生時のCが身体に保有していたアルコール濃度が上記の「重要な具体的事実」に当たるところ,当該事実は,事案の性質上,本来であれば刑事裁判において主張立証が尽くされ,原告らが知り得たはずであるのに,被告の本件行為によってこれを知ることができなくなり,もって当該事実を知る権利を侵害されたと主張している。このような主張の内容からすれば,原告らのいう「重要な具体的事実」とは,刑事裁判で明らかにはならなかったが,客観的に存在していた事実,すなわち真実ないし真相を指すものと解される。しかし,犯罪及び犯罪者についての真実ないし真相は,刑事司法手続によって明らかにされることが予定されている(刑事訴訟法1条参照)ものの,証拠の不存在,立証の限界,証拠能力の排除等様々な理由によって,真実ないし真相を明らかにすること自体が困難な場合は往々にして存在する。そうすると,刑事司法手続において明らかにされる範囲を超えて,およそ全ての真実ないし真相を知ることが当然のこととはいえないのであるから,これを法的保護の対象として観念することはできないといわざるを得ない。
イ また,平成19年改正法によって,犯罪被害者等が公判記録を閲覧及び謄写し,もって自己が被害を受けた犯罪に係る刑事手続の内容や結果を知ることが犯罪被害者等の権利ないし法律上の利益となったということはできるものの,犯罪被害者等が刑事司法手続において明らかにされた事実等を知る一定の権利が保障されているからといって,刑事司法手続によっても明らかにされない事件の真相又は真実を知る権利までも保障されているということは困難である。そして,刑事司法手続において犯罪及び犯罪者についての真実ないし真相が明らかになっている場合には,犯罪被害者等が公判記録を閲覧又は謄写することによって,結果として真実ないし真相を知ることになるが,これは刑事司法手続上の権利によって得られる反射的な効果にすぎない。
ウ したがって,犯罪被害者等が自己に被害を与えた犯罪及び犯罪者についての重要な具体的事実,換言すれば真実ないし真相を知ることが権利ないし法律上保護される利益に当たるものということはできない。
(5) 以上のとおり,原告らの主張する犯罪被害者等の権利ないし利益は,いずれも権利ないし法律上保護された利益であるとは認められないから,これらを被侵害利益とする不法行為に基づく損害賠償請求は理由がない。
2 結論
 以上によれば,その余の争点について判断するまでもなく,原告らの請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。

福岡地方裁判所第1民事部
裁判長裁判官 田 中 哲 郎
裁判官 菊 池 浩 也
裁判官 設 樂 大 輔



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